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「あれんじ」 2022年8月6日号

【元気の処方箋】
自分自身や愛するパートナーの 健康を守るため知っておきたい 子宮頸がんとHPVワクチン

ワクチン接種で予防ができる子宮頸がん。ただ、そのワクチンの副反応について、一時期懸念されたことから、日本では接種が進んでいません。今回は、子宮頸がんと、その予防となるHPVワクチンについてお伝えします。
(編集=坂本ミオ イラスト=はしもとあさこ)

【はじめに】 男女とも8割が一度は感染する ヒトパピローマウイルス(HPV)

 20〜30代の女性で急増している子宮頸がん。発見が遅れてしまい、赤ちゃんが欲しいのに子宮を取らざるを得ない人、治療を受けても若くして亡くなる人は少なくありません。
 子宮頸がんの大多数は、ヒトパピローマウイルス(HPV)というウイルスが持続的に感染することで発症します。
 HPVは性交により感染し、男女とも8割が生涯で一度は感染するため、1回でも性交経験があれば子宮頸がんになる可能性があります。
 世界保健機関(WHO)は2020年、子宮頸がんの撲滅に向けてHPVワクチン接種とがん検診の徹底を目標に掲げました。子宮頸がんを予防するHPVワクチンは世界110カ国で公的な接種が行われています。イギリスやオーストラリアの接種率は約8割ですが、残念ながら日本では現在、HPVワクチン接種がほとんど行われていません。
 これは、メディアがHPVワクチン接種後の多様な症状をセンセーショナルに報道し、2013年6月に厚生労働省(厚労省)がワクチン接種の勧奨を差し控える事態に至ったためです。約7割だった接種率は1%未満に低下しています。その後の調査でワクチンの安全性について特段の懸念は認められないことが明らかとなり、厚労省は今年4月からHPVワクチン接種を再び勧奨しています。
 HPVが引き起こすのは女性の子宮頸がんだけではありません。男性でも口腔性交によるHPV関連中咽頭がん(のどの奥にできるがん)が著しく増えています。
 自分自身や愛するパートナーの健康を守り、また大切な家族を悲しませないために、男性も女性も、HPVやそのワクチンに対しての理解を深めることはとても重要です。


【子宮頸がんとは?】
厚生労働省のHPVワクチン
に関するリーフレットより

20〜30代の女性で急増
 子宮頸がんは、腟(ちつ)の奥にある子宮の頸部という子宮の出口にできるがんです(図)。初期の段階では症状はほとんどなく、進行すると不正出血(茶色のおりもの)や性交後の出血などが出現します。
 日本では毎年約1・1 万人の女性が子宮頸がんになり、約2900人が亡くなっています。以前は40〜50代に多かったのですが、最近は20〜30代の女性で急増しており、死亡者数も30代が最多です。
 30代までにがんの治療で子宮を失ってしまう(妊娠できなくなる)人は1年間に約1千人。将来の妊娠・出産のためにも、子宮頸がんの予防ワクチン接種や検診は大切です。


■進行度で異なる治療内容
 治療内容はがんの進み具合により異なります。
 がんになる手前の状態で発見された場合は、子宮の出口を一部切除(円錐(えんすい)切除)あるいは病変をレーザーで蒸散し、子宮の温存も可能です。
 円錐切除による治療を受けたことのある女性は妊娠すると約2割が37週未満での出産(早産)になるため、慎重な妊娠管理が必要です。
 がんと診断された場合は子宮全体の摘出が必要です。ただし、一定の条件を満たしていれば、子宮頸部のみを広範に切除することで妊娠の可能性を保つことが可能ですので、専門医にご相談ください。


【HPVとは?】

■感染が長く続くことでがんに進行
 HPVは皮膚にイボを引き起こす皮膚型と、子宮頸部や咽頭(のど)などの粘膜に感染する粘膜型に大別されます。
 皮膚や粘膜の接触、主に性交により感染するため、女性のHPV感染率は初回性交後1年で28%、3年で50%と報告されています。
 HPVに感染しても多くの人は症状が何も出ず、自然にウイルスが排除され治癒します。しかし、何らかの原因で感染が持続すると、細胞に異常な変化が起き、その一部が5年から十数年かけてがんに進行します。
 喫煙や受動喫煙、免疫が低下する病気や免疫抑制剤を使用している場合は、HPV感染が持続しやすく、がんへの進行が促進されます。心当たりのある方は症状がなくても子宮がん検診を定期的に受けましょう。
 子宮頸がんを引き起こすリスクが高いHPVは十数種類知られており、日本では16、18、31、33、45、52、58型の7種類が子宮頸がんの88%を占めます。
 中でも60〜70%はHPV16、18型が引き起こし、中咽頭、肛門、外陰、腟、陰茎のがんの原因にもなります。


【HPVワクチンとは?】

■早期接種で子宮頸がんを予防
 HPVワクチンが子宮頸がんを予防することは既に証明されています。スウェーデンの疫学調査では、17歳未満でのワクチン接種によって30歳までに子宮頸がんを発症する割合が88%も減少することが明らかとなりました。
 ただし、既に感染しているウイルスを排除したり、子宮頸部の前がん病変やがんを治す効果はありません。したがって、性交を経験する前にHPVワクチン接種を受けることが望まれます。日本では小学校6年生から高校1年生の間に公費で接種することが可能です。
 現在、公費で受けられるのは、16および18型を予防するものと、11、13、 16、18型を予防するものの2種類です。
 HPVワクチンは子宮頸がん予防にとても有用ですが、全てを予防することはできません。ワクチン接種を受けた人も定期的に子宮がん検診を受けることが大切です。


■副反応を分析・評価した上で再勧奨
 日本では、「はじめに」で述べたように、2013年6月に厚労省がワクチン接種の勧奨を差し控える事態に至りました。
 2018年に本庶佑京都大学名誉教授がノーベル医学生理学賞受賞後の記者会見の場で、日本におけるHPVワクチン接種率の低迷はメディアに責任があると言及し、若い女性に実害が生じていると警鐘を鳴らしましたが報道されず、HPVワクチンに関する正しい情報が一般の人に届く機会は失われたままでした。
 厚労省はHPVワクチンの副反応について集積した情報を分析・評価し、安全性について特段の懸念が認められないことを確認し、今年4月から再びHPVワクチン接種を勧奨しています。
 多くの人がワクチン接種時に痛みを感じます。以前には、接種後の接種部位と異なる部位の持続的な痛み、倦怠感、運動障害、記憶の異常など多様な症状が出現し、苦しんでいる人がいることがメディアで大きく取り上げられました。
 しかし、その後の調査で、それらの症状はHPVワクチン接種を受けていない女性にも同程度の頻度で認められることが確認され、現在ではHPVワクチンが原因で生じるのではないと考えられています。
 接種後に体調の変化や気になる症状が現れた場合は、まずは接種を行った医療機関の医師にご相談ください。そこで対応が難しい場合は熊本大学病院産科婦人科に紹介していただく体制が整っており、必要な場合は関係する診療科と連携して対応します。


【お知らせ】

■接種機会を逃した対象者へ救済策も
 ワクチン接種の勧奨を差し控えていた2013年〜21年の間に定期接種の対象であった女性(誕生日が1997年4月2日〜2006年4月1日)は、2022年4月〜25年3月の3年間、HPVワクチン接種を公費で受けることができます。
 スウェーデンの疫学調査では17〜30歳にワクチン接種を受けた人は30歳までに子宮頸がんを発症する割合が53%減少すると報告されており、性交経験後であってもHPVワクチン接種は一定程度有効であると考えられます。


◎ HPVワクチン接種に関する情報

 詳しい情報が厚生労働省と日本婦人科腫瘍学会のホームーページに掲載されています。それぞれ以下を入力すると、正しい情報にアクセスできます。
→厚生労働省 HPVワクチン
→婦人科腫瘍学会 HPVワクチン Q&A


執筆者
熊本大学大学院生命科学研究部
産科婦人科学講座
教授 近藤 英治
生殖医療・がん連携センター長

・日本産科婦人科学会認定専門医・指導医
・日本周産期・新生児医学会認定専門医・指導医
・日本がん治療認定医機構認定医
・日本婦人科腫瘍学会認定専門医
・日本ロボット外科学会認定専門医
・日本産科婦人科内視鏡学会 腹腔鏡技術認定医