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「あれんじ」 2022年6月4日号

【元気の処方箋】
全身の臓器・疾患にも影響する 歯周病

 6月4日から10日まで「歯と口の健康週間」です。本年度の標語は「いただきます 人生100年 歯と共に」。そこで今回は、歯を失う原因となる歯周病について、原因や治療・予防法とともに全身の臓器への影響についてもお伝えします。
(編集=坂本ミオ イラスト=はしもとあさこ)

【はじめに】 歯を失う最大の原因 自覚症状がないままに進行

 2001年のギネスブックに「全世界で最もまん延している病気は歯周病である。地球上を見渡しても、この病気に侵されていない人間は数えるほどしかいない」と記載されました。
 軽症を含めると成人の7〜8割は歯周病にかかっています。歯周病は細菌による感染症です。歯周病の患者さんは、歯の周りで「ボヤ」とも言うべき慢性炎症がずっと続いています。炎症の程度が弱いので自覚症状があまりないのが特徴です。しかし、私たちが歯を失う原因として最も多いのが歯周病なのです。
 歯周病がさらに恐ろしいのは、「ボヤ」で作られた炎症性サイトカインと呼ばれる物質が、歯肉から血液の流れに乗って全身を巡り、遠く離れた臓器に影響を及ぼすことです。


【原因と症状】◎プラーク中で増える歯周病菌

 歯周病は、歯と歯肉の隙間(歯周ポケット)から侵入した歯周病菌が炎症を引き起こして周りの組織を破壊し、歯を支える顎の骨(歯槽骨)までも溶かしてしまう病気です。
 虫歯と違って痛みがなく、歯肉からの出血以外は症状が乏しいため、進行して歯が自然に抜け落ちるほど重症になることがあります。
 毎日の歯磨きが十分でないと、歯には歯垢(しこう=プラーク)がこびりつきます。細菌のかたまりであるプラークの中には、1 rあたり何億個もの細菌がいて、歯周病菌もこの中にいます。
 プラーク中で増えた歯周病菌は、自らが出す毒素によって歯肉に炎症を引き起こします。炎症を生じた歯肉は歯の表面との接着が弱くなって、歯と歯肉の間に歯周ポケットが生じ、ポケットは徐々に深くなってゆきます。
 歯周病が進行すると、炎症で壊れた組織の一部を歯周病菌が分解するため、口臭の原因となる物質が発生します。


【原因と症状】◎喫煙は最大の危険因子
【表】歯周病セルフチェック表

 歯周病の直接的な原因はプラークですが、プラークが放置されると徐々に硬くなって歯石に変化します。歯石は通常のブラッシングでは除去できないため、歯周病はさらに悪化しやすくなります。
 喫煙は歯周病を進行させる最大の危険因子です。また、糖尿病の人は歯周病が進行しやすいことが知られています。
 歯周病の症状を左の表に示しましたので、自分に当てはまるか確認してみてください。


【診断と治療】 基本治療から定期検診へ

 歯周病の診断や治療効果確認のため、歯周ポケットの深さ、ポケット測定時の歯肉出血、歯のぐらつき具合、歯槽骨の状態、プラーク付着に関する検査を行います。
 ポケットの深さで歯周病の程度をおおまかに判断すると、軽度:3 o以下、中等度:4〜5 o、重度:6 o以上、となります。
 治療は、歯周病の進行度にかかわらず @歯磨き指導 A歯石の除去 B歯根表面の滑沢(かったく)化 C適合の悪い詰め物・かぶせ物やかみ合わせの調整―などの基本治療を行います。
 基本治療によって症状が改善すれば、メンテナンス(定期検診)に移行します。基本治療で改善がみられない場合は、精密検査ののち歯周外科治療を行うことがあります。


【予防】 自分に合ったブラッシングを

 歯周病予防のためには、日々のブラッシングを怠らないことが最も重要です。毎食後すぐにブラッシングするのが理想的ですが、難しい場合は少し時間が空いても構いませんので、隅々までしっかりとプラークを除去するように意識してください。
 歯と歯の間は、歯ブラシに加えてデンタルフロスや歯間ブラシを利用するのが効果的です。歯科医院で自分に合ったブラッシング方法の指導を受けることをお勧めします。


【歯周病が全身に与える影響】◎糖尿病との関係

◎糖尿病との関係:糖尿病診療ガイドラインで歯周病の治療を推奨
 歯周病と2型糖尿病はどちらも生活習慣病で、多くの共通点が見られます。
 歯周病は歯周組織で起きる炎症、2型糖尿病は体内の脂肪組織で起きる炎症で、どちらも慢性炎症である「ボヤ」が生じています。「ボヤ」から作られた炎症性サイトカインは、血糖値を下げるインスリンの効きを悪くする作用(インスリン抵抗性)によって高血糖を引き起こします。
 2016年、日本糖尿病学会は『糖尿病診療ガイドライン』の中で、糖尿病の9割以上を占める2型糖尿病の患者さんが歯周病にかかっている場合、「歯周病の治療を行えば血糖値が改善する可能性があるため、歯周病の治療を推奨する」ことを正式に宣言しました。
 糖尿病予備軍の人や妊娠糖尿病の妊婦さんたちも、同様の効果がある可能性が示されています。


【歯周病が全身に与える影響】◎ アルツハイマー病との関係
【図】歯周病のアルツハイマー病への影響(仮説)

◎ アルツハイマー病との関係:歯周病がアルツハイマー病悪化の一因に?
 アルツハイマー病は、老年期に発症する最も一般的な種類の認知症です。記憶、思考、行動に問題が起こります。
 近年、歯周病がアルツハイマー病を悪化させる可能性が報告されています。歯周病にかかったアルツハイマー病の患者さんは、歯周病ではない患者さんよりも認知機能が低下していることが分かりました。また、アルツハイマー病にかかって死亡した患者さんの脳の組織から、歯周病菌や歯周病菌由来の毒素が検出されています。
 これらのことから、歯周病菌と菌由来の毒素や歯周病によって生じた炎症性サイトカインが血液の流れに乗って脳内に移行し、アルツハイマー病の進行や認知機能の障害に何らかの形で作用していることが考えられます(左図)。


執筆者
熊本大学病院
歯科口腔外科
教授 中山 秀樹
・日本口腔外科学会 専門医・指導医
・日本がん治療認定医機構 がん治療認定医(歯科口腔外科)
・日本口腔腫瘍学会 暫定口腔がん指導医
・日本口腔科学会 認定医・指導医
・臨床研修指導歯科医