自宅の蔵と座敷の間に、五坪ほどの四角の小さな坪庭がある。樫の木二、三本に八手(やつで)があり、直径一メートルくらいの苔むした丸い手水(ちょうず)石には水が滴る。この小庭のほとんどは池で、かわいい石橋が架かっている。昭和八年の設計で、もう九十年近い。
この池、毎年夏には蟹(かに)が現れて目を楽しませてくれるが、それも、水面に秋風の小波(さざなみ)がたつころには消えて、いちめんに秋の声がひろがる。「秋の声」「秋声」といっても、雨や風の音、木の葉の葉擦れ、虫の声など、どれということはなく、透明な空気の中、耳に届き心に湧く天地の声。この聴こえない声を聴くのが、俳句。次の句の「林泉(しま)」とは、林や泉水(せんすい)のある庭のこと。
この「秋声」に昔のなつかしい曲を思う人もいるが、私も以前、北上市の日本現代詩歌文学館の近くの北上川で北上夜曲の歌碑を見たことを思い出した。なお次の句の三句目の「渡頭(ととう)」とは、渡船場のこと。
秋声を聴けり古曲に似たりけり 相生垣瓜人(あいおいがきかじん)
秋のこゑ(え)ふかめ北上讃歌の碑 雨宮抱星
北上の渡頭に立てば秋の声 山口青邨 |