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「あれんじ」 2021年7月3日号

【四季の風】
【第54回 籐寝椅子(とうねいす)】

【第54回 籐寝椅子(とうねいす)】

人生を横たへてゐる籐寝椅子  岩岡中正

 夏の昼寝に欠かせないのが、籐寝椅子。籐で編んだ椅子を籐椅子といい、軽くておしゃれで、いかにも夏の風物。これを寝台にしたものが籐寝椅子で、夏の季語。風がよく通って涼しく、古くなると飴色になって、家族のような愛着がわく。

 籐寝椅子といって目に浮かぶのは、父。高校教師だったが、半世紀以上も前のあの頃は一体にのんびりしていて、夏休みもたっぷりあった。本も生徒も大好きだった父の夏休みの日課は、昼寝と朝夕の庭の打ち水。まじめだか怠惰だかよくわからない父だった。夏になると家じゅうの襖(ふすま)や障子を外し葭障子(よししょうじ)や葭屏風(よしびょうぶ)を立てて、風通しをよくした。「襖外す」も夏の季語だが、それらはすべて父の仕事。それに昔の庭は今よりずっと大木が多くて、まるで森。朝からそれこそ降るような蝉時雨。午後は、風がよく通る長い廊下の籐寝椅子で、もっぱら昼寝。時間はゆったりと流れ、深い山中か海底にいるようだった。

葭障子細身の風の来たりけり       草間時彦

猫の眼に湖(うみ)のいろあり籐寝椅子  柴田白葉女

 戦前、大学を出ると石橋湛山の東洋経済新報社に入った父には青雲の志があったのだろう。でもそれも戦争で夢と消えて帰郷した父の無念が、ちらと見える昼寝だった。