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「あれんじ」 2021年6月5日号

【元気!の処方箋】
予防や治療の理解につなげたい がんの基礎知識

 日本では今、2人に1人ががんになるといわれています。さまざまな臓器で見られ、それぞれに特徴がありますが、そもそも「がん」とはどういう病気でしょうか。今回は、発症や進行の仕組み、進歩する治療法などについてお伝えします。(編集=坂本ミオ)

【はじめに】「がん」を総合的な観点で

 胃がんや肺がん、乳がん、大腸がんなど、多くの臓器に「がん」という病気ができます。白血病やリンパ腫も血液の「がん」です。これまでこのコーナーでは、それぞれの「がん」についての予防や検査、治療方法などを紹介してきました。

 今回は、そもそも「がん」とはどういう病気なのか総合的な観点からお伝えします。


【がん細胞とは?】遺伝子のエラーから異常な速度で細胞増殖

 私たちの体は60兆個もの細胞から成り立っています。細胞の寿命はさまざまですが、常に新しい細胞が生まれて古い細胞が死ぬというサイクルを繰り返しています。

 新しい細胞が作られていく時に細胞分裂が起こり細胞の遺伝子(染色体DNA)がダイナミックに複製されます。この過程で遺伝子のエラーが起こりやすくなりますが、通常は適切に修復されます。

 しかし、運悪く細胞増殖に関わる重要な遺伝子に異常が生じた場合、細胞分裂が止まらなくなり異常な速度で増殖を始めます。その速度は遺伝子変異の場所や元々の細胞の性質などによりさまざまで、目で見える程度の大きさの塊になったものを「腫瘍」と呼びます。

 増殖が遅く臓器障害を引き起こさない性質のものは「良性」腫瘍、増殖が速く臓器障害を引き起こすとともに他臓器に転移するものは「悪性」腫瘍と定義されています。

 一般的に悪性腫瘍のことを「がん」と呼称します。実際には良性か悪性か判別がつかない境界病変も少数存在します。

 悪性の場合でも細胞が増える速度が速いものや遅いものがあり、それぞれ高悪性度、低悪性度という言葉が使われることもあります。


同じ臓器のがんでも種類が異なる場合も
【図1】がん細胞が発生して大きくなるまでの過程
前がん病変/早期がん/進行がんという段階があります

 同じ臓器であってもがんの種類によって治療法などが異なる場合もあります。例えば、肺がんでは扁平上皮がんや腺がん、小細胞がんなど複数の種類があり、それぞれのがん細胞の性質が違うため治療法が異なります。

 臓器によって定義は若干異なりますが、がん細胞が発生した場所に限局していて、まだ人の生命に危険を及ぼさない段階は「前がん病変」あるいは「上皮内がん」という言葉が使われます【図1・図2】(注)。


【図2】正常からがんに変化していく過程(大腸)

注:医療機関では病理診断科に所属する「病理医」が病変部位を実際に顕微鏡で観察し、その性質や進展の程度を判定する役割を担っています。


【さまざまな臓器のがんと症状】無症状から多様な症状まで

 基本的に全ての臓器にがん細胞が発生しますが、その頻度はさまざまです。現在は、胃・肺・乳腺・大腸に発生する頻度が高いことはよく知られています。

 がん細胞が塊を形成して大きくなってくると、それぞれの臓器の機能に影響が出るため、さまざまな症状が現れます。

 肺の場合は、咳(せき)が出たり呼吸が困難になったりします。胃や大腸の場合、便の中に血液が混入して便潜血検査が陽性になり、貧血になることもあります。

 しかしながら、臓器によっては症状が出にくいものもあります。例えば卵巣や腎臓、膵臓(すいぞう)は症状が出にくく、発見されたときは数p(10p超える場合もある)の大きさになっていることもあります。早期発見のためには、症状がないときにも定期健診や人間ドックなどを受けることが重要です。


【「がん」に関わる細胞たち】がん細胞だけではない、がん病変

 がんと診断された場合、CTやMRI画像、内視鏡画像などで、初めてがんの病変を認識されると思います。

 その際、がん病変は全てがん細胞でできていると思われがちです。しかし、がん病変をミクロレベルでのぞいてみると、がん細胞だけでがん病変が形成されていることはほとんどありません。がんの塊内にはリンパ球やマクロファージといった免疫細胞や、いろいろな種類の正常な細胞も多数含まれています。

 免疫細胞は通常であればウイルスや細菌、真菌などの異物が体内に入るのを防いでいます。リンパ球にはがん細胞を攻撃する性質があり、発生したがん細胞を攻撃し排除しています。しかし、がん細胞は自身の性質を変化させたり、周囲に存在するマクロファージなどの正常細胞を味方に引き入れたりしてリンパ球による攻撃から逃れています。がん細胞が免疫から逃れる現象は免疫逃避といわれます。


【新しいがん治療】「分子標的薬」などが治療効果を発揮

 がん治療に用いる薬剤は、がん細胞の増殖を阻害するものが主流です。そのような薬剤は新しい正常細胞が生まれるのも阻害するので、さまざまな副作用があります。そのため、がん細胞だけを標的とする「分子標的薬」の開発が進み、その種類が徐々に増え、副作用の少ないがん治療につながっています。

 がん細胞に対する免疫を利用した治療法の開発も進んでいます。例えば「免疫チェックポイント阻害剤」と呼ばれる薬剤は免疫逃避機構を阻害し、リンパ球ががん細胞を攻撃しやすくします。開発者の1人である京都大学の本庶佑博士が2018年にノーベル医学・生理学賞を受賞されたのは記憶に新しいことでしょう。免疫逃避の仕組みは複数発見されており、それぞれを標的とした治療法の開発が世界中で行われています。

 手術・内視鏡、放射線・重粒子線療法などに関しても新たな技術を利用した方法が開発されていますが、本稿では省略しました。


おわりに 治療しながら社会生活を送ることも可能に

 現在は2人に1人が生涯のうちに「がん」に一度は罹患(りかん)するといわれています。最近は治療方法が発達したことから、「がん」を適切に治療しながらも社会生活を送ることが可能になってきました。

 早期発見の重要性は言うまでもありませんが、「がん」という病気を正しく理解することで、少しでも予防や治療への理解につなげていただきたいと思います。


執筆者
熊本大学大学院生命科学研究部
細胞病理学講座 

菰原 義弘 教授
 
・病理専門医
・日本癌学会評議員
・日本病理学会評議員