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「あれんじ」 2021年4月3日号

【元気!の処方箋】
ステイホームの メンタルヘルス 〜人との心理的な距離まで遠くならないように〜

 コロナ禍の中で外出や活動の自粛を余儀なくされる生活が続き、精神的な不調を感じる人も増えています。今回は、現在の状況が心の健康にどのような影響を及ぼすのか、それに対してどう対応すればいいのかなどをお伝えします。(編集=坂本ミオ)

【はじめに】自粛生活によるメンタルヘルス不調

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックが発生し、1年以上が過ぎました。映画や物語の世界でしかなかったものが現実のものとなり、私たちの生活も様変わりしました。

 私は普段、熊本大学の学生を診ていますが、県外出身者が4分の3を占める新入生にとって自粛生活の影響は甚大です。例年行っている定期健診の際には、「せっかく大学に入学したのに…」との悲痛な声が多く聞かれました。

 そこで、昨年5月からメールによるメンタルヘルス相談の受け付けを開始したところ、アナウンスした数時間後から立て続けに数件のメンタルヘルス不調についての相談メールが入り、その反響の大きさに驚きました。その多くが新入生からのものでした。


【非常事態の継続による影響】
【図1】 令和2年度 あさぎり町こころとからだの健康づくりに関する調査報告書より

隠れていた問題が顕在化

 非常事態の始まりから少し遅れて現れてくるのがメンタルヘルスの問題です。図1は昨年7〜10月に球磨郡あさぎり町で実施した住民アンケートの結果です。コロナ禍の前と比べて、外出への不安、人と話す機会の減少、飲酒やゲーム・スマートフォンに費やす時間の増加などが認められました。

 熊本地震の時もそうでしたが、非常事態が続くと、普段は水面下に隠れていた問題が顕在化してくることがしばしばあります。DVなどはその典型といえるでしょう。

自殺者、特に女性や若者が増加

 また、精神医学の領域では、「社会」という言葉は通常、「心理」とセットで用いられることが多く、そういう意味で「ソーシャルディスタンス」という言葉に対しては、人との心理的な距離までも遠くなるのではないかと心配になってしまいます。

 ちなみに、昨年のわが国の自殺者数(暫定値)は11年ぶりに増加に転じ、特に女性や若者での増加が特徴的であることが指摘されています。


【ストレス対応を学ぼう】
【表1】感染症流行時の一般的なストレス対応 

生活習慣から相談窓口まで 援助を求めることも大切

 感染症流行時の一般的なストレス対応についてまとめられたものが表1です。それぞれについて少し詳しく述べます。

@健康的な生活を維持する
 休校、在宅勤務や外出の自粛などにより生活のメリハリがつきにくくなり、ついつい時間の管理がおろそかになりがちです。一人暮らしの場合はなおさらです。できるだけ、それまでの日課や習慣を維持しましょう。

 生活リズムの上で大事になってくるのが睡眠です。良い睡眠のコツは「早起き」と「昼寝を我慢する」です。夜間の睡眠だけを問題にするのではなく、日中の過ごし方がポイントです。そもそも日中を活動的に過ごすために睡眠をとっているのです。

 自宅でできる運動はもちろん、公園などで密にならずに体を動かすのも良いでしょう。

A信頼できる情報を得て、情報過多を避ける
 目に見えないものに対しては不安を感じやすいものです。刺激により不安や恐怖は増幅されます。なので、ニュースやSNSなどに接する時間を制限することも大事です。

 情報を得る場合は、厚労省やお住まいの自治体など信頼できる情報源からのものをお勧めします。あらかじめ接する時間帯を決めておくのも良いでしょう。

B他者とのつながりを保つ
 対面で語り合うことは自粛しないといけませんが、IT機器を活用したつながりは可能です。
 
繰り返しになりますが、取るべきは心理的距離ではなく、身体的距離です。親しい人とのコミュニケーションはむしろ活発に行いましょう。

Cストレス対処法を身に付ける
 不安は緊張を生じさせます。呼吸法(腹式呼吸やヨガなど、深くゆっくりとした呼吸を意識的に行うこと)や漸進性筋弛緩法(筋肉の収縮と弛緩を繰り返しながら、徐々に深い弛緩に進め、身体のリラックスを導く方法)は手軽なリラクゼーション法です。試してみてください。

 また、自分なりの気晴らしやリラックスする時間を持ちましょう。ただし、アルコール、ゲーム、インターネット、ギャンブルなどには注意が必要です。自宅で過ごす時間が長くなることで、これらに費やす時間も長くなりがちです。少なくとも自粛前と同じ時間・量・程度にとどめるようにしましょう。

D相談する
 表2は相談窓口の一覧です。援助を求めることは大切な能力です。独居や高齢者の場合など、状況によっては周囲が支援の利用を手助けしてあげることも必要です。


【表2】相談窓口の一覧


世代で異なる注意点 家族や周囲の関わりを

 補足として、年代別の注意点にも触れておきます。

 高齢者の場合、IT機器になじみのないことが多く、福祉・介護サービスも縮小され、社会的孤立状態に陥ることも十分に考えられます。できれば周囲が毎日決まった時間に電話などで連絡を取るようにしましょう。

 子どもや青年の場合、ゲームやインターネットの利用時間について普段から話し合っておくことが必要でしょう。状況によっては、保護者が機器へのアクセスを制限する機能を利用することも必要かもしれません。


【おわりに】信じたい、ヒトの適応力

 今回のコロナ禍でIT機器の活用が加速することが予想されますが、一部にはコロナ禍の前から検討されていたものもあります。多様性の時代といわれて久しい中、その人のパフォーマンスが上がるのであれば、必ずしも皆が同じやり方でなくても良いのかもしれません。

 待望のワクチン接種がわが国でもやっと始まりましたが、人類とウイルスとの新たな共生が望まれます。ウイルスの変異もさることながら、ヒトの適応力も優れていると信じたいものです。


執筆いただいたのは

熊本大学保健センター教授 

藤瀬 昇

・精神保健指定医
・日本精神神経学会専門医
・日本老年精神医学会専門医
・日本自殺予防学会評議員
・日本森田療法学会理事
・全国大学保健管理協会評議員