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「あれんじ」 2020年1月11日号

【四季の風】
第48回 木守柿(きもりかき)

 俳句の「季語」は面白いもので、なかには、一寸(ちょっと)変わった味わい深いものもある。たとえば「木守(きまもり)」がそうで、冬になって実がすっかりなくなっても、一個だけ残されていたりする。それはまるでその木のいのち継ぎのための祈りやお守りのようでも、鳥たちのために残してあるようでもある。

 「柿」は秋の季語だが、冬もひとつポツンと空に浮かんでいるこの実を「木守柿」といって、冬の季語になる。これが柚だと、「木守柚(きもりゆず)」という。

信仰のたとへば島の木守柿    中正

 殉教の島・天草が好きで時々行くが、ここで冬の青空に高々と残った真っ赤な柿を見かけると、それがまるでこの島の人たちが何百年も隠れて守り継いできた熱い信仰の証しのようで、しみじみと心打たれる。

 明治の初め、禁教令が廃止になってカトリック教会に戻って信仰を守った人たちもいれば、戻らなかった人たちもいるが、島の夕日に照らされて輝く木守柿を見ていると、人間の魂の強さに励まされる。それに引き替え、この世の栄華は、山茶花(さざんか)が散るように、いかにもはかない。


栄華とは山茶花の散り敷くやうに      中正