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「あれんじ」 2019年11月2日号

【元気の処方箋】
知識・意識をアップデートしよう エイズ・HIV感染症の今

 エイズ(AIDS :acquired immunodeficiency syndrome :後天性免疫不全症候群)について、皆さんはどれくらい知識をお持ちでしょうか。以前に見聞きした情報がそのままになっていませんか。今回は、大きく進化したエイズ・HIV感染症に関する医療と予防の今をお伝えします。

【はじめに】エイズは怖い病気ではなくなった?
【図1】公益財団法人エイズ予防財団、UPDATE HIV/AIDSより引用

 エイズの原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス(HIV)の増殖を抑える薬は近年飛躍的に進歩しました。複数の薬を組み合わせて行う「抗ウイルス療法:ART :anti―retrovirus treatment」の多くは錠剤やカプセルの飲み薬で、1日1回1〜2個服用するだけで十分なウイルス抑制効果がみられます。今では、感染後の早期にARTを開始できれば、免疫不全の進行とエイズの発症をストップでき、感染していない人とほとんど変わらない寿命が得られます。このように早期に発見してすぐに治療を開始し、きちんと服薬を続けることができれば、少なくともエイズで死ぬことはなくなったのです(図1)。

 しかし、発見が遅れ、エイズを発症してからの治療開始では、いまだに手遅れになる例が後を絶ちません。

 また、ARTではウイルスの増殖は抑えられますが、ウイルスの排除はできないため、毎日の服薬を一生継続する必要があります。長期服用中には、さまざまな合併症を引き起こすことも多く、残された課題となっています。これらの克服のため、新たな予防・治療の研究が続けられています。


エイズはもう感染しない? エイズの流行はおさまった?
【図2】公益財団法人エイズ予防財団、UPDATE HIV/AIDSより引用

 最近、大変重要な報告がありました。HIVに感染していても薬をきちんと服用していれば、パートナーへの感染が起こらないというものでした。「治療による感染予防:TasP: treatment as prevention」ま
たは、「十分なウイルス抑制(Undetectable)=感染しない(Untransmittable)」の頭文字を取って「U=U」などと呼ばれています。この報告をもとに、治療している人からは感染しないというポスターも作られました(図2)。

 しかし、日本における新規エイズ・HIV感染者の報告数は、毎年1300〜1400人で推移しています(図3)。最も多かった頃から若干減少しましたが、有効な治療薬が出そろってから10年近く経過しても、期待されたほど新規感染者は減少していません。HIV検査を受けておらず、感染していることを知らないHIV感染者の中から、毎年400人ほどのエイズ発症例が出ていることも大きな問題です。


【図3】新規HIV感染者、エイズ患者の報告数 年次推移
2018年厚生労働省エイズ発生動向–概要–より引用


エイズの予防はコンドームだけ?

 セーファーセックス(Safer sex)という言葉があります。「相手も自分も感染しているかどうか分からない場合はコンドームを正しく使い、HIVや性感染症を予防しましょう」という意味です。これは、他の性感染症の予防にもつながりますし、異性間でも同性間でも同様です。

 確かにコンドームの使用を勧めるキャンペーンはずいぶん以前から行われ、一定の効果があったと評価されています。しかし実際には100%使用するのが難しいという現実があり、新たな感染予防法が検討されています。

 米国では性交渉前に予防薬を内服する方法(暴露前予防:PrEP)の有効性が特に男性同性間で証明され、2012年から承認薬として使用されています。2015年にはWHOもPrEPを推奨するようになりました。日本では残念ながら未承認ですが、日本の新規感染の多くが男性同性間の感染であるという実態もあり(図4)、日本エイズ学会をはじめとしてさまざまな団体がPrEPの実現のための要望書を提出し、認可に向けて動き出しています。


【図4】新規HIV感染者、エイズ患者の感染経路別内訳(2017年報告)
厚生労働省エイズ動向委員会、平成29(2017)年エイズ発生動向–概要–より引用


HIV検査はどこで受けられる?

 HIV検査は、多くの保健所で受けることができます。しかも、無料匿名です。検査は少量の採血で可能です。保健所によっては他の性病検査を同時に受けることもできます。HIV感染の心配が少しでもあれば、できるだけ早く検査を受けることをお勧めします。自分が住んでいる地域以外の保健所でも検査が受けられます。

 自宅で受けられる郵送検査や医療機関でも希望があれば検査を受けることが可能です。これらは有料ですが、病院検査では性病の合併か疑いがある場合は健康保険がききます。


【終わりに】人類はエイズを克服できる?

 ARTの飛躍的進歩によって、HIV感染後早期の診断と速やかな治療開始が達成されれば、もはやエイズの克服も夢物語ではなくなってきました。しかしながら現実は、HIV感染者の3割近くがエイズを発症して初めて病院を訪れます。

 コミュニティーや行政による早期検査の呼びかけにもかかわらず、なぜ3割の方々はHIV検査を受けなかったのでしょうか。

 その理由の一つに、スティグマ(特定の属性を持っている人に対してネガティブなレッテルを貼り付けること)を恐れたことが挙げられます。エイズに限ったことではありませんが、正しい知識が不足しているためにスティグマに基づく偏見や差別が、感染予防行動やHIV検査受検の障壁になっていると考えられています。

 社会におけるタブーやスティグマの克服は非常に困難に違いありませんが、性感染症の予防のみならず人類の未来にとっても大変重要な課題といえます。

 まずは知識をアップデートし、性的指向を含む、人の多様性が社会にどのように受け入れられるか学ぶことが、エイズや性感染症の予防を考える上で大きな助けになるはずです。


執筆いただいたのは

熊本大学 ヒトレトロウイルス学共同研究センター 
臨床レトロウイルス学分野・教授
松下 修三
・日本エイズ学会 理事長
・国際エイズ学会運営評議員
・日本遺伝子細胞治療学会 評議員
・日本エイズ学会認定医・指導医
・日本内科学会内科認定医
・日本血液学会 会員 
・日本内科学会 会員
・日本免疫学会 会員
・日本癌学会 会員