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「あれんじ」 2019年3月2日号

【慈愛の心 医心伝心】
「思いに寄り添う」

女性医療従事者によるリレーエッセー

【第76回】「思いに寄り添う」
社会医療法人芳和会
菊陽病院
臨床心理士
西山瑞恵

 精神科病院で長く臨床心理業務に携わらせていただいているが、日々学ぶことは多い。

 新聞数紙を購読契約しているSさん。勧誘を断る練習に取り組むが、一度断ってもしばらくすると再び増えている状況が続いた。よく話を聞くと、Sさんのお宅はいつも玄関のカギを開けており、勧誘の方が玄関先まで入って来られて断り切れない状況があることが分かった。そこでカギを閉める習慣づけを提案した。

 しかしSさんは「大家さんや周りの人から変な風に思われるから」と難色を示した。「近くを通った学生が『昼間からカギを閉めておかしい』と言っていた」ことが理由らしい。その声は幻聴だと思うが、その言葉にハッとした。Sさんにとってカギには、社会との関係をつなぐ橋のような意味があるのかもしれない。

 Sさんはとても穏やかな方で自分から積極的に人に関わるタイプではない。いつでも訪問者を迎え入れる状態を作ることは、社会(人)とのつながりを維持する生活の工夫のように感じた。「今はカギを閉めるお宅の方が多いですよ」と勧めた方が勧誘を断れる確率は高くなる。しかし私は、カギは閉めずにできる方法を一緒に探すことにした。

 これは10年以上も前の経験だが、思い出すたびに初心に立ち返らせてくれる。言葉や行動だけではなく、なぜこの人はそう考え、行動するのか。その成り立ちを見ることを忘れてはならない。一見理解しがたい言動でも、その人が生きる術として身に付けてきた方法なのかもしれない。“思いに寄り添う”とはこういうことかもしれないと実感させてくれた経験だった。