【熊遊学(ゆうゆうがく)ツーリズム】
数学は「定義することから始まる」!? 目からウロコの「確率論」
先端の研究者をナビゲーターに、熊本の知の世界を観光してみませんか! 熊本大学を中心に地元大学の教授や准教授が、専門の学問分野の内容を分かりやすく紹介する紙上の「科学館」「文学館」。それが「熊遊学ツーリズム」です。第5回のテーマは「確率論」。数学は苦手…などと言わずに、さあ「なるほど!」の旅をご一緒に…。 |
【はじめの1歩】 |
「確率」と聞くと、まず思い浮かべるのはギャンブル。ルーレットにしろ、カードにしろ、宝くじにしろ、その「確率」を論じるわけですから、数学者って魔法使いのように思えてしまいますが、濱名教授は、もっとマジメに確率論を語ってくださいました。 |
Point1 現代確率論とは? |
「確率論をやっていると言うと、よく『ギャンブルの勝ち方を教えてください』と頼まれるんですよ。だから『宝くじやパチンコの必勝法を知っていたら、大学で研究なんかしていません』と答えています」。開口一番、熊本大学大学院自然科学研究科の濱名裕治教授はこう言って笑いました。では、一体どんな研究をしているのでしょうか。 |
Point2 役に立つ「数理ファイナンス」 |
「数学は役に立つんですか?」と数学者に聞くのは「英語は役に立つんですか?」とイギリス人に聞くようなものだとか。濱名教授に言わせると、数学という言語がないと、理系の学問(物理学、工学、化学など)の多くが成り立たなくなるそうです。その影響は経済学にまで波及しており、1990年ごろから注目されてきた数理ファイナンスは、証券市場の数理モデルを作り、その中で証券価格が決定されるメカニズムを研究する学問で、高度な確率論の知識が必要です。現実に、金融派生商品の一種であるオプション(権利)取引においては、日本の数学者、故・伊藤清・京都大学名誉教授が編み出した確率積分や伊藤の公式を駆使して予想価格を解析していきます。 |
Point3 「パーコレーション」と「ランダムウォーク」 |
突き詰めて言えば、確率論とは「現実を単純化してモデル化し、数式化する学問」です。確率モデルの代表的なものには「パーコレーション」と「ランダムウォーク」があります。 |
Point4 「ランダム媒質」の問題とは? |
濱名教授が確率論の迷宮にはまり込むきっかけとなったのが、「ランダム媒質」の問題でした。例えば、ある金属の中を電子が動く場合、シュレディンガー方程式というものが使えます。金属が均質であれば問題ないのですが、金属にはさまざまな不純物も混じっているため均質ではありません。そういう場合の電子の動きを数学的に表すとどうなるのか、といったことを考えるのが「ランダム媒質」の問題なのです。 |
【なるほど!】 |
目的地に向かって進んでいる最中に、ふと脇道に出合ったとします。その脇道がものすごく魅力的に感じられて、思わず脇道にそれてしまう。濱名先生のお話を聞いていて、数学とは「限りなく脇道に分け入っていく学問」だという印象を受けました。 |
【メモ1】 ギャンブルの始まりはトロヤ戦争! |
確率論とは切っても切り離せないギャンブルですが、文献上はじめてギャンブルが登場するのは紀元前1159年のトロヤ戦争です。トロヤ戦争についての記述で現存する最古の文献は、ホメーロスの叙事詩『イーリアス』と『オデュッセイア』。ギャンブルについて書かれているのは、『イーリアス』第23巻「パトロクロスの葬送および競技」の中です。 |
【メモ2】 統計学はインドに始まった? |
確率論の親戚ともいえる統計学は、サンプル(一部分)の情報から全体を推測する、…つまり一を聞いて十を知る学問です。 |
【メモ3】 確率論の始まりはルネサンス時代 |
古代キリスト教の神学者アウグスティヌスが「正統な学問体系は神学のみ」と規定したため、中世を通して数学は発展しませんでした。いわゆる確率論が登場したのはルネサンス期です。1494年にイタリアのルカ・パチョーリという修道士が書いた書物(複式簿記の本)の中に、賭博を例にとった問題が紹介されていて、確率を数学的に取り上げた最初の文献だといわれています。 |
熊本大学大学院
自然科学研究科(理学専攻) 濱名 裕治 教授 数学は、自然現象を記述する”言語“なんです。 |