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「あれんじ」 2010年8月21日号

【四季の風】
【第5回 名水と鱒(ます)】

めぐりくる季節の風に乗せて、四季の歌である俳句をお届けします。

船団のごとくに風の芭蕉林  中正

 とくに写生を大事にする私たちにとって、吟行(ぎんこう)地はとても重要です。最近のお気に入りは、柿原養鱒場(熊本市花園)。ここは、ただの鱒の釣り堀ではなくて、豊かな自然に囲まれた名水庭園です。春は桜、夏は蛍、秋は紅葉と、俳句の材料に事欠きません。
 最近とくに思うことは、俳句でもいのちの水がいかに大事かということ。池でも川でも、水はじっと眺めて見飽きないものです。最近、俳句は水にはじまり水に終わるとまで思っています。
 ここは、金峰山系の伏流水が湧くところ。加藤清正が愛した小滝もあり、翡翠(かわせみ)が飛ぶ美しい沼がひろがり、泉も湧いています。この庭奥の泉は、小さいけれどひっそりと風情があって、初めてみたときは、何か父母に会ったようななつかしさでした。
まだ誰も知らざる春の泉あり 中正
 これは春の句ですが、たんに「泉」といえば夏の季語です。つい先日も泉のほとりにたたずんで、ひとり静かに水と対話したものでした。

水のこゑ聞かんと跼(かが)む泉かな
中正
 この透明な水に鱒が飼われています。鱒がひらりと身をひるがえす瞬間、まるで水中に風が起こったように、見ている私も全身で涼しくなりました。

鱒飼つて水中に風起こしけり
中正
 ここの水の景(けい)は千変万化、それは贅沢(ぜいたく)なものです。句会の折、空がにわかに暗くなって雷が二つ三つ鳴ると、矢のような雨が水面を走ります。俳句ではこの夕立を白雨(はくう)ともいいますが、この雨もものの十分であがると、あとは水面に白々と靄(もや)が巻き上がります。これはまるでターナーの世界です。
 雨上がりのこの幻想的な景の中から、ひときわ高く現れるのが芭蕉林です。その高さといい威厳といい、堂々たるものです。この頼もしい芭蕉も、私のお気に入りのひとつです。

船団のごとくに風の芭蕉林 
中正