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「あれんじ」 2015年10月3日号

【元気!の処方箋】
進化している 乳がん治療

 乳がんについて正しい知識を広め、早期発見・早期診断・早期治療の大切さを伝え促すピンクリボン活動は、よく知られるようになってきました。10月は特に「ピンクリボン月間」として、さまざまな啓発活動も行われています。

 そこで今回は、進化している乳がん治療についてお伝えします。

【はじめに】

 乳がんは増加しており、女性12人に1人が発症すると計算されます。
 増加の理由は欧米型の生活スタイルへの変化といわれていますが、その治療は進化しています。

 ここでは、遺伝性乳がん、乳房再建術、薬物療法についてお伝えします。


【遺伝性乳がんと予防的乳房切除術】保険承認はされていないが、倫理的には問題ないとされている予防的乳房切除術

 女優アンジェリーナ・ジョリーさんが一昨年、ニューヨークタイムズ紙にコラムを書かれました。

 それによると、お母さまを乳がんで亡くされたことから、遺伝性乳がんの原因となる遺伝子(BRCA1)を検査したところ、その遺伝子に生まれ持っての異常があると診断されたとのことでした。

 その異常があると、生涯に乳がんを発症する割合が85%以上であることから、ジョリーさんは予防的に両側乳房を切除し、乳房再建術を受けられました。

 家族のため、夫(ブラッド・ピットさん)のために自分は正しい選択をしたと思うと述べられています。

 皆さんはどのように思われるでしょうか?
 わが国においては、遺伝子検査や予防的乳房切除術は保険承認がされていないのですが、倫理的には問題がないとされています。

 熊本大学医学部附属病院では先頃、遺伝性乳がんと診断された患者1人に対し、乳がんが存在する側(患側)の切除と同時に、乳がんがない健康な側(健側)の乳房を予防的に切除しました。

 ここに至るまでは、さまざまな委員会で倫理的な問題を解決し、ご本人や家族の方に数カ月間のカウンセリングを受けて了承いただきました。

 これにより、この方の新たな乳がんの発症リスクは極めて少ないものになったといえます。


【乳房再建術】大きく分けて2つの方法 「シリコン製」と「体の一部」
【図1】乳房再建術

 女性にとって、乳がん根治手術のため乳房を切除してしまうことは、身体的、心理的に非常に大きな喪失となります。先のジョリーさんも予防的な乳房切除後には乳房再建術を受けています。

 これには大きく分けて2つ方法があり、広背筋や腹直筋などの自分自身の一部を用いる方法と、シリコン製の異物(インプラント)で乳房のふくらみを補てんするというものです。

 どちらの術式にも一長一短はあるのですが、前者は数年前から、後者は2年前から保険承認されたこともあり、最近はこれらの手術の割合が増えています。

 私たちも、形成外科との協力で、早期でありながら広い範囲に病変が存在する場合には、乳房を切除し、再建術をお勧めしています。

 術後7日から10日で退院できますが、インプラントの方は、まずは乳がん手術の際に組織拡張器を大胸筋の下側に挿入し、数カ月かけて皮膚を拡張した後に、シリコンに入れ替える手術をしますので、通常は手術が2回必要です(図1)。


【薬物療法の進歩】重要な薬物療法の選択や併用
【図2】狙いを定めた個別化乳がん薬物療法

 乳がんは、「ホルモン受容体」と「HER2(ハーツー)」という2つの分子が陽性かどうか、そしてその組み合わせによって性質を分類することができます。

 この性質に基づいた薬物療法の選択は非常に重要で、ホルモン受容体陽性の乳がんはホルモン療法に、HER2陽性の乳がんは抗HER2療法(トラスツズマブ、ラパチニブ、ペルツズマ
ブ、トラスツズマブ・エムタンシンなど)の効果が期待できます。

 また、がんに栄養を供給するための血管を増やす因子を標的とした薬剤(ベバシズマブ)、細胞内の増殖シグナル伝達を阻害する薬剤(mTOR阻害薬)などが新しく登場し、これまでの抗がん剤による化学療法薬やホルモン療法薬と併用することで、大きな効果を得ています(図2)。


治療を支える システムづくりも大事

 一方、通常の化学療法は、吐き気、だるさ、脱毛、細菌に対する抵抗力の低下などさまざまな副作用がありますが、これらの作用を弱めるあるいは打ち消すような薬剤も使えるようになりました。

 さらに、都道府県がん診療連携拠点病院や国指定、県指定の連携病院などには、外来化学療法センター、患者相談支援センターなどが組織化されており、がん患者の治療や生活を支援しています。乳がん治療を支えるこれらのシステム作りも大変重要と思われます。


【最後に】

 欧米では乳がん死亡率は1990年代後半から減少していますが、わが国の乳がんはり患率の急増もあり、いまだに減少しているとは言えません。

 乳がんのことをよく知っていただき、治療を怖がることなく、何か異常を感じたら早めに専門医にご相談ください。


執筆いただいたのは

熊本大学大学院生命科学研究部
乳腺・内分泌外科学分野

岩瀬 弘敬 教授

・日本乳癌学会 
理事 指導医 専門医制度委員長
・日本外科学科 
理事 指導医 教育委員長
・日本内分泌外科学会 評議員
内分泌・甲状腺外科専門医
・日本癌学会 代議員
・日本臨床腫瘍学会 
評議員 暫定指導医
・米国癌学会、米国臨床腫瘍学会 など