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「あれんじ」 2015年4月4日号

【四季の風】
第29回 花冷(はなび)え

 季語は面白い。「寒さ」といえばもちろん冬の季語だが、春になっても寒いことを「余寒(よかん)」や「春寒(はるさむ)」という。長洲海岸で隠岐の島を思って作った次の句のように、春だからこそ、かえってふっと心淋しくなる寒さである。

春寒の浜に遠流(おんる)の思ひあり        岩岡中正

 さらに春たけなわ、桜も咲くころの寒さを「花冷(え)」という。俳句で「花」といえば桜だから、この「花冷」にも、そこはかとない華やぎがある一方で、どこか頼りなげな淋しさやあわれが漂う。

花冷や剥落(はくらく)しるき襖(ふすま)の絵      水原秋桜子

 私はこの季語の繊細さが好きで、折々「花冷」の句を作ってきた。次の一句目は、俳句を始めたばかりの20歳のころの松山の旅。一日中花見して、心(しん)まで花冷の虜(とりこ)になってしまった。二句目は、これも昔、書斎で作った句。この句のように次々と詩が生まれればいいのだが。

花冷の身を沈めたる湯漕かな       岩岡中正

花冷のペンの先より詩の生るる       〃

花冷の靴美しく並びけり           〃

 最後の句は、毎年恒例の虚子忌が開かれる八代・春光寺での一句。庭の桜を見て玄関を入ると、そこにみごとに並べられた靴が、いかにもきりりとして、その日の花冷にふさわしかった。