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「あれんじ」 2010年7月17日号

【熊遊学(ゆうゆうがく)ツーリズム】
あなたの近くにも新種が!? 「シダ植物」のフシギ

 先端の研究者をナビゲーターに、熊本の知の世界を観光してみませんか! 熊本大学を中心に地元大学の教授や准教授が、専門の学問分野の内容を分かりやすく紹介する紙上の「科学館」「文学館」。それが「熊遊学ツーリズム」です。第3回のテーマは「シダ植物」。さあ、「なるほど!」の旅をご一緒に…。

【はじめの1歩】

 「シダ植物」と聞いてまず思い浮かぶのは、正月の注連(しめ)飾りに使うウラジロでしょうか。でも、よく考えてみると、ツクシやワラビ、ゼンマイ、コゴミなどの山菜もシダ植物。観葉植物の多くもシダの仲間です。身近なのに謎がいっぱいありそうで、一歩を踏み出す前からワクワクしてきました。


Point1 「種(しゅ)」ってなに?

 「種について説明するのは大変難しいんです。生物学的にきちんと定義されていないんですよ」と、熊本大学大学院自然科学研究科の宮正之教授は語ります。いろんな定義があるのに例外が多すぎるため、誰もが納得できるすっきりした定義付けができないのです。そこが、生物多様性のなせるわざなのでしょう。
 進化生物学者マイアーが提唱した「生物学的種概念」によると、種とは「他の集団から生殖的に隔離され、自然条件下で互いに交配可能な個体からなる集団」だそうです。「生殖的に隔離」というと難しくなりますが、他の集団との間では交配できない、もしくは、たとえ交配が起きたとしても二代目ができない、…つまり他の集団との間では子孫が残せないということです。
 シダ植物は、同属他種が1カ所に群れて生えることも多いので、卵と精子とを作る前葉体同士が近過ぎて交配が起きやすいのです(【ハテナ?1】)。例えば、ノコギリシダの仲間ではノコギリシダ、ヒメノコギリシダ、イヨクジャク、天草市の福連木で発見されたフクレギシダの4種が知られています。このうちノコギリシダは日本中に広く分布しており、地域が限られている他の3種と同じ場所に生えて交配する確率が高いのです。自然交配したと考えられる雑種は、アカメクジャク(ノコギリシダ×イヨクジャク)とフクレギクジャク(ノコギリシダ×フクレギシダ)の2種類が見つかっています。ただし、この2種類の胞子は発芽せず子孫を残せないので、新種ではなく一代限りの雑種だということになります。


【ハテナ?1】 シダって、どんな植物?

 通常、私たちが目にするシダは葉の部分です。茎のように見えるのは葉柄で、茎は根茎として地表近く、あるいは地下にあります。ワラビも地上に出ているのは葉の部分。地下の根茎は1ヘクタールほども広がっている場合があり、葉であるワラビは性質も同じなので同じ温度条件で一斉に生えてくるのです。
 シダ植物は、種子ではなく胞子で増えていきます。葉の裏側にある胞子嚢(のう)の中で作られた胞子は、飛ばされて発芽し前葉体となります。前葉体の裏側には造卵器と造精器があり、それぞれに卵と精子を作って受精します。この時、精子が泳ぐための水がないと受精できません。コケ植物やシダ植物がじめじめした場所に生えるのは、そのためです。胞子嚢を付ける胞子体と有性生殖をする前葉体は、それぞれ光合成をしながら別々に生きています。


Point2 シダ植物の多様性

 見た目も遺伝的にもはっきりと分かる種を「良種」、見た目が似ているので同種と思われていたのが、よく調べてみると遺伝的、生態的に違う種を「隠蔽種」とか「同胞種」といいます。最近の動物の例でいくと、1種とされていたアフリカゾウにサバンナ型と森林型の2型があることが分かり、インドゾウも含めてゾウは3隠蔽種に分かれたという報告がありました。
 宮教授の研究グループも隠蔽種を発見しています。ノコギリシダ属のミヤマノコギリシダの仲間は葉の形や胞子嚢の付き方が微妙に違い、分類が難しいため同種だと考えられてきました。ところが、それぞれの核遺伝子を調べたところ、5種に分けられることが分かりました。そのうち4種には名前が付いていましたが、1種だけは付いていなかったため、オオバミヤマノコギリシダという名前で新種の登録をしたところ、福岡県のレッドデータブックにすぐ取り上げられたそうです。宮グループが発見しなければ絶滅していたかもしれません。
 さらに今年、宮グループの学生が小国で採集したイヌワラビも、新種だということが分かり、北里柴三郎にちなんでキタサトイヌワラビと名付けて研究中だそうです。


【ハテナ?2】 シダ植物にはどんな仲間がいるの?

 バンクーバー冬季五輪の表彰式で、勝者に渡されるオリンピックブーケにもシダ植物が使われていましたね。
 熱帯地方では、昔から食用として食べられてきた種類も多いようです。園芸植物としてもおなじみのオオタニワタリは、西表島や石垣島などでは若芽や若葉を天ぷらやチャンプルーにして食べます。天草でも見かけるヘゴは、鹿児島の奄美群島ではゼンマイ巻きの巨大な若芽をスライスして食用にしているそうです。日本では鹿児島が北限のクワレシダは、東南アジアやミクロネシア、メラネシアあたりでは食用にされています。
 また、ヒカゲノカズラの胞子は石松子(せきしょうし)と呼ばれ、昔から丸薬の衣として使われてきました。丸薬同士がくっつかないように、さらさらした胞子を表面にまぶしたのです。この胞子は、リンゴを人工受粉させる時の花粉増量剤としても使われています。
 鹿児島の燃島(もえじま)で発見されたモエジマシダは、カドミウムと並ぶ有害元素であるヒ素を吸収し、高濃度に蓄積することが分かり話題になりました。米国では、このモエジマシダを利用した汚染土壌の浄化がビジネス化されています。


【ハテナ?3】 「学名」とは?

 存在が知られている生物には、世界共通の名前である「学名」が付けられています。「二名法」といって、姓名に当たる属名と種小名がラテン語で表記されます。この方法は、分類学の父といわれるスウェーデンの博物学者、リンネによって体系化されました。
 植物の場合には、属名・種小名の後に命名者の名前が付きます。例えば、ウメの学名はプルヌス・ムメ(Prunus mume Siebold et Zucc.)ですが、属名のプルヌスは桜に似た白い花を咲かせるプルーン(セイヨウスモモ)から来ており、日本ではサクラ属と呼ばれていて、ソメイヨシノやモモも同属です。ムメは、梅の読みから取られた種小名。最後のSiebold et Zucc.は命名者であるシーボルトとツッカリーニの名前の省略形です。


Point3 絶滅危惧種を救え

 現在、学名がつけられて認知されている生物は、地球上で約150万種です。知られていないものも含めると、数千万から1億種はあるのではないかといわれています。認知されている生物のうち半数の約85万種が、昆虫などの節足動物です。次に多いのが植物の約26万2000種。植物の中で一番多いのは、花の咲く被子植物で約23万種もあります。シダ植物は約1万種が知られています。
 日本にはシダ植物の愛好家も多く研究も進んでいて、認知されているのは約750種。特に、九州には日本のシダの8割近くが集まっています。その分、絶滅危惧種も多いのです。全国で絶滅が危惧されているシダは172種。何と、日本で認知されているシダの23%が絶滅危惧種なのです。
 まだ名前の付いていないシダを考えると、知られないうちに滅びていく種もたくさんあるのかもしれません。宮教授の研究グループが、岡山にある後楽園のアヤメ池で発見した日本固有の新種ミズニラモドキは、それまで雑草として引き抜かれていたそうです。シダ植物の研究は、貴重な絶滅危惧種を救うことにもつながるのです。


【ハテナ?4】 同じ学名の生物がいるってホント?

 生物学の世界には、「国際植物命名規約」「国際動物命名規約」「国際細菌命名規約」などの「六法全書」に当たる命名規約が5つほどあり、それぞれの内容は微妙に違います。例えば、トキの学名ニッポニア・ニッポン(Nipponia nippon)は、「日本」という言葉が反復して使われていますが、植物の学名にはこのような反復名を用いることはできません。
 もちろん、別の対象に同じ学名を付けることも禁じられていますが、植物と動物では命名規約が違うので、同じ属名という事態が起きることもあります。例えば、植物のアセビ属の属名は、モンシロチョウ属と同じピエリス(Pieris)。日本産のアセビの種名はピエリス・ジャポニカ(Pieris japonica)、ヤマトスジグロチョウの種名はピエリス・ニッポニカ(Pieris niponica)と、実にまぎらわしい学名が付けられています。


【なるほど!】

 多種多様なシダ植物には驚かされますね。土壌を浄化するシダがあるくらいですから、がんの特効薬になるような未知のシダも、これから発見されるかもしれません。知らないうちに絶滅されてはかないません。少しでも多くの新種の発見めざして、宮先生ガンバレ!


熊本大学大学院自然科学研究科
(理学専攻)生命科学講座
宮 正之教授

シダ植物の生態、形態、生殖様式、染色体、遺伝子を調べて、
進化の産物である単位(=種)の理解、識別、再整理をする
研究をしています。