阿蘇郡高森町で採取されたソバナの天覧標本
ソバナ
Adenophora remotiflora(Siebold et Zucc.)Miq.
昭和6年11月、熊本県で陸軍特別大演習が行われました。この時、演習の統監と地方の民情を視察するため、昭和天皇が熊本を行幸なさいました。これに際して、自然豊かな熊本の動植物を陛下にお見せするため「聖駕奉迎(せいがほうげい)熊本県動、植、鉱物採集動員(以後、博物採集動員)」がありました。
この事業では県内の小学校4年生以上の児童、生徒そして教職員を中心に50万人以上が動員され、合計93万点もの標本が集められました。そして、これらの標本の中から熊本の自然を表す標本が選び抜かれ、7519点が天覧に供されました。陛下がご覧になられた標本は「天覧標本」と呼ばれています。
このうち植物の標本は、台紙に「天覧」の印が押され、各学校へ返却されました。今のようにきれいな写真の入った図鑑がなかったこの時代、これらは授業などで盛んに使用されました。しかし、長い年月とともに散逸し、「天覧標本」はいつしか行方不明となっていました。
ところが平成20年、熊本大学から県松橋収蔵庫に寄贈された標本の中に「天覧」の印が押してある標本135点が見つかりました。これらは松橋収蔵庫に保管してある約26万点の植物標本の中でも大切な標本です。写真は「天覧標本」の1点であり、阿蘇郡高森町で採取されたソバナです。
昭和6年の博物採集動員の際に中心的役割をした九州学院教諭で植物学者の上妻博之(こうづま・
まさゆき)はこれを記念した会を設立し、これは現在も「熊本記念植物採集会」として活動が続いています。
博物採集動員はその後の熊本県の博物学に大きく貢献しました。動員に参加した教職員がその後も子どもたちを連れ、野山を歩き、その成果を各地でまとめたのです。まとめられた情報をもとに、昭和44年には「熊本県植物誌」が発行されました。この本は今なお地方植物誌として高い評価を受けています。(県松橋収蔵庫 天野守哉) |