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「あれんじ」 2014年4月5日号

【熊遊学(ゆうゆうがく)ツーリズム】
民事訴訟法で問題解決能力を身に付けよう

 先端の研究者をナビゲーターに、熊本の知の世界を観光してみませんか!
 熊本大学を中心に地元大学の教授や准教授が、専門の学問分野の内容を分かりやすく紹介する紙上の「科学館」「文学館」。それが「熊遊学ツーリズム」です。第24回のテーマは「民事訴訟法」。さあ「なるほど!」の旅をご一緒に…。

はじめの一歩

 「民事訴訟法」と聞いただけで、難しそう…という先入観がよぎります。でも一方では、それを研究対象にしている研究者がいるという事実から、本当はとても面白いジャンルなのかもしれないという期待感も湧いてきます。裁判員制度も導入されたことだし、少しは法律にも詳しくならなければと思いつつ、研究室を訪ねました。


【Point 1】「民事訴訟法」とは?

 法律は抽象的な表現で書かれています。これは仕方のないことでもあります。例えば私的なもめごと(紛争)だけでも、金銭トラブルや土地問題、離婚問題などさまざまなことが起こります。このような社会で起こるすべての問題について、個別的な規定を定めるのは不可能ですから、法律は抽象的な表現にならざるを得ないのです。
 この法律の文言を具体的な事例に当てはめて解釈するのが法律学。「法学部で学ぶと、問題解決能力がつきますよ。中でも民事訴訟法は、私的な紛争を民事の裁判によって解決するためのルールを定めた法律ですので最適です」と語るのは、熊本大学法学部のMア録准教授です。
 裁判を大きく分けると、犯罪を裁く「刑事裁判」と私たちに身近な「民事裁判」があります。民事裁判は、「貸したお金を返してもらえない」とか「自分の土地の一部を勝手に占拠された」など、身近なもめ事に関するものです。普通はまず話し合いで解決しようとしますが、それでもうまくいかない場合は裁判所に間に入ってもらい、民事裁判で紛争解決を図ることになります。民事裁判を公平に公正に迅速に行うためのルールを定めている法律が「民事訴訟法」です。
 なお、2009年5月から導入された裁判員制度は、一定の重大犯罪についての刑事裁判のみで、民事裁判は裁判員裁判の対象ではありません。


【Point 2】「現代型訴訟」の出現 

 裁判の原告(訴える側)と被告(訴えられる側)をまとめて「当事者」と言います。当事者が裁判の中で行わなければならない行為(訴訟活動)は民事訴訟法で定められています。また民事訴訟法には、「弁論主義」や「主張・証明責任」という原則があります。
 「弁論主義」とは、判決に必要な事実(主要事実)や証拠(訴訟資料)は当事者が収集・提出しなければならないという原則で、当事者が主張しない事実は判決の基礎としてはならないなどの建前から成っています。
 「主張・証明責任」は、ごく大まかに言えば、その事実が認められたら得をする方(多くの場合は原告)が負うことになっています。例えば、原告Xが被告Yに対して「貸した300万円を返してほしい」という訴訟を起こしたとします。この場合、主張・証明責任を負っているのは原告Xです。お金を返してもらう権利を認めてもらうには、Xは口頭弁論で主要事実を主張し、証拠を提出して裁判官に確信を抱かせなければなりません。もしこれができなければ、裁判に負けてしまいます。
 裁判官が確信を抱くには、当事者の主張によって裁判官の心証(確信の度合)が「十中八九確からしい」(数字にするとおおむね80%以上)という程度に至る必要があります。しかし、請求を認めてほしい側の当事者(主に原告)に証拠がほとんどないため証明が難しくなり、結果として当事者間に不公平が生じる案件が近年出てきました。それは公害訴訟や消費者訴訟、医療訴訟などの「現代型訴訟」と呼ばれる裁判です。 


【Point 3】敵に塩を送る義務?「事案解明義務論」

 公害訴訟では、原告は被害者、被告は国や公害を起こした大企業という場合がほとんどです。この場合、専門知識や証拠になる材料の多くを被告が持っており、弁論主義と主張・証明責任の原則をこれに当てはめると、原告は圧倒的に不利になってしまいます。公平であるべき裁判で不公平が生じたら由々しきことです。そこで、当事者間のアンバランスを解消する必要が出てきます。そのためにはどうすればよいのでしょうか。
 その手段の一つとして、ドイツで議論されてきた「事案解明義務論」が、日本でも注目されています。これは、証明責任を負う当事者(この場合は原告)が客観的に事実解明を成し得ない状況にあるなどの一定の要件が備わっている場合は、証明責任を負わない相手方当事者(この場合は被告)に事案解明義務が生じるというもの。仮に被告がこの義務を果たさない場合は、原告の主張を真実だと見なすことができるという見解です。つまり、情報や証拠を持っている当事者に“塩を送らせる”ことで、アンバランスを解消しようというわけです。
 「日本でも、平成4年の伊方原発訴訟最高裁判決で、事案解明義務を肯定したと考えうる判例が出ています」とMア准教授。これは、愛媛県西宇和郡伊方町および近隣住民が、内閣総理大臣を相手取って原子炉設置許可処分の取り消しを求めた訴訟です。しかし、被告が国だから大企業だからということで、いつも事案解明義務が生じることになれば逆の意味で不公平になります。ですから、この義務には適切な法的根拠が必要なのです。Mア准教授の主な研究テーマは、この義務の内容とその根拠を明らかにすることです。


【Point 4】「法的観点指摘義務」の存在

 事案解明義務の法的根拠については、これまでに多くの先行研究がなされてきました。一例として、情報や証拠がないままの裁判は、憲法32条で定められている「裁判を受ける権利」の侵害に当たるというものがあります。しかし憲法を根拠にすると、憲法の解釈に関する事柄は最高裁での審理を求めることが可能になるため(実は民事裁判の場合、一般的にどんな事件でも必ず最高裁まで争うことができるわけではないのです)、どの事案も必ず最高裁まで争うことができるということになってしまい、最高裁の負担が増し、本来最高裁で審理されるべき事件の審理の妨げにもなることが想定されるため、非現実的です。この意味で、憲法を根拠にするのは難しいのです。
 他には、「真実発見の概念」や「武器対等の原則」を根拠にする意見もありますが、真実の発見が重要視される刑事裁判と違って、民事裁判では真実発見は最重要ではないのです。例えば、原告Xが被告Yに対して「貸した300万円を返してほしい」と訴えた訴訟で、「XがYに300万円渡した」ことは当事者同士が事実だと認めているとします。ところが、実はYはXにすでに50万円を返していると考えられるのに、Yがそのことを事実として主張していなければ、裁判官はそのことを判決の基礎にはできません。つまり、民事では真実を究明することよりも、当事者が申し出た証拠や主張している事実の方に重点が置かれるのです。ですから、これらを法的な根拠に情報や証拠を提出させるのには無理があります。
 そこでMア准教授は、これまでの当事者間という水平方向の関係だけではなく、裁判所と当事者という垂直方向の関係も考えて、それらを整理した上で法的根拠を見つけようと研究しています。Point2に出てきた弁論主義のもとでは、事実を提出するのは当事者、法律の適用や解釈などの法的領域は裁判所という役割分担がなされることが原則です。しかし、当事者が気付いていない重要な法律構成(法律上の理論構成)がある場合に、裁判所はそれについて指摘しなければならないという「法的観点指摘義務」があると考えられています。
 Mア准教授は、このように垂直方向で原則を調整する概念を認めるのであれば、水平方向の当事者間でも原則を調整する概念を認めることができるのではないか、という法的根拠付けへのアプローチを考えているところです。


【なるほど!】

 Mア先生のお話を聞いていると、法律というものが時代を経るにつれて弱者寄りになってきている気がします。人間のすることに完璧はないのでしょうが、「より公平に公正に、紛争が解決されていけばいいな」と思います。ほんの少しですが、民事訴訟法が身近になりました。


【メモ1】弁護士を立てなくても、民事裁判ってできるの?

 裁判といえば弁護士を立てなければいけないというイメージがありますが、簡易裁判所や地方裁判所では「本人訴訟」と言って、弁護士を立てないことも多いのです。
 また、「少額訴訟制度」という60万円以下の訴訟に関する制度があります。訴訟で請求する額が少額の場合、時間や費用面で見合わないと泣き寝入りを防ぐために作られました。自分だけで裁判に臨む本人訴訟のほかに、司法書士に訴状作成と訴訟代理を依頼することもでき、審理は1日で終わります。


【メモ2】裁判官はなぜ黒い法服を着ているの?

 裁判官が身に着ける法服の色は、戦前の大審院(最上級裁判所)時代から黒色とされてきました。人を公正に裁くべき者の職責の厳しさを象徴するものとして、着用が義務付けられています。
 黒は他の色に染まることはない点で中立性・公正性を象徴する色として最適だと考えられたと言われています。見た目は重々しいのですが、素材は絹の黒羽二重でとても軽いものです。
 最近は、司法試験合格者の約25%を女性が占めるようになり、女性の裁判官も増えてきました。そこで、平成4年に女性用の法服が制定され、黒い法服の上にシャーベットグリーン色のスカーフを結ぶように決められています。


【裁判官についての豆知識】

◎裁判官の個人情報は保護され、秘密が守られています。だから、名刺にも連絡先は書かれていません。電話帳にも電話番号は載りません。
◎ 裁判官の人数は奇数で、簡易裁判所では1人、地方裁判所と家庭裁判所では1人か3人(大規模な民事事件では5人)、高等裁判所では3人の裁判官で裁判をするのが普通です。最高裁判所では5人による小法廷で裁判が行われますが、憲法に関わるような重要な問題については15人の大法廷で裁判が行われることもあります。


ナビゲーターは
熊本大学法学部
Mア録准教授

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