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「あれんじ」 2014年1月11日号

【熊遊学(ゆうゆうがく)ツーリズム】
生命活動に欠かせない 細胞間コミュニケーション

 先端の研究者をナビゲーターに、熊本の知の世界を観光してみませんか!
 熊本大学を中心に地元大学の教授や准教授が、専門の学問分野の内容を分かりやすく紹介する紙上の「科学館」「文学館」。それが「熊遊学ツーリズム」です。第23回のテーマは「細胞間コミュニケーション」。さあ「なるほど!」の旅をご一緒に…。

【Point 1】「細胞間コミュニケーション」とは?

 多細胞生物は、さまざまな細胞同士で連絡を取り合いながら生命活動を維持しています。脳の神経細胞の指令が筋肉の細胞に伝わったり、逆に、目や耳から入ってきた情報が脳細胞に伝わったり、私たちの体内では常に細胞間でいろんな情報が行き交っています。離れた細胞から細胞へと情報が伝わるだけではなく、例えば心臓の隣り合った心筋細胞同士もコミュニケーションを取り合いながら動いているのです。「もし、心筋細胞が連絡を取り合わずに勝手な動きをしていたら、全体の収縮がうまくできずにマヒ(心室細動)を起こしてしまいます。細胞間にコミュニケーションが成立しているからこそ、細胞の集団として機能しているのです」と、熊本大学大学院自然科学研究科の佐藤栄治講師は語ります。
 コミュニケーションの手段には、内分泌ホルモンなどの他に、今回取り上げる神経伝達物質あるいは電気信号による伝達があります。


【Point 2】「化学シナプス」と「電気シナプス」

 神経細胞から他の細胞への情報は、ギリシャ語で「つなぐ」という意味の「シナプス」という特殊な構造をしたつなぎ目を介して伝達されます。そのつなぎ目はぴったりつながっているわけではなく、わずかなすき間があります。そのすき間を通して、細胞から細胞へと神経伝達物質を放出して情報を伝えているのです。情報伝達に化学物質が介在しているので「化学シナプス」と呼ばれています。ただし、化学シナプスを通した情報伝達には時間がかかります。
 第二次世界大戦後、真空管が発達したおかげでコンピューターなどの開発が進み、電気の平和利用ということで測定技術も一躍進歩。そのため、生物は化学物質だけではなく、電気でも情報を伝達していることが分かってきました。
 1950年代には神経生理学の研究が盛んになり、私たちがモノを考えたり筋肉を動かしたりすることができるのは、活動電位と呼ばれる電力が細胞の中で発生するから
だと考えられるようになりました。
 そして59年には、情報伝達にタイムラグ(遅れ)がない「電気シナプス」の存在が、神経細胞が大きくて神経活動の観察が容易なザリガニで発見されました。


【Point 3】「電気シナプス」とは?

 「電気シナプス」とは、細胞同士が直接「ギャップ結合」という構造によって結合して信号を送り合う仕組みです。60年代から80年代にかけて、ギャップ結合の電気的な機能の研究が行われましたが、90年代に入るとタンパク質分子のアミノ酸配列の研究が盛んになりギャップ結合の分子構造の解明も進んできました。
 ギャップ結合は「コネクソン」というタンパク質複合体からできており、心臓や肝臓などの重要な臓器をはじめ、目の水晶体、最近では脳にも存在することが分かってきました。
 ギャップ結合の中央には、細胞間をつなぎ小分子の通路となる小さな孔があり、この孔を通じてイオンなどが移動することで情報伝達をしています。実は、この孔は開いたり閉じたりすることができるのです。
 心臓の細胞間のギャップ結合の孔が開いていれば、心臓はリズミカルに動き続けますが、閉じてしまうとコミュニケーションが取れずに不整脈が生じます。また、肝臓でギャップ結合の孔(あな)が閉じてしまうと、細胞が勝手に増殖してがん化する場合があります。つまり、ギャップ結合の孔が開いているか閉じているかで、その人の健康状態まで左右されてしまうのです。


【Point 4】「ギャップ結合」の電気生理学的機能 

 細胞が刺激を受けて興奮する過程で、細胞膜のイオン・チャンネルを介してナトリウム・イオンや塩素イオンが入り、カリウム・イオンが出ていきます。このイオン交換によって電位の変化が生まれます。これが活動電位で、電気信号情報になります。この興奮した細胞とその隣の細胞の間にギャップ結合があるとそこを通ってナトリウム・イオンとカリウム・イオンや塩素イオンの相互の移動が起きるので隣の細胞に興奮状態、つまり電気信号が伝わることになるのです。佐藤講師は、ギャップ結合の電気生理学を発生学と結びつけて研究しています。このような研究者は日本では他に例がなく、世界でも3〜4人しかいないといいます。
 「ギャップ結合の孔の開閉制御に、大きく関わっているのはカルシウム・イオン濃度です」。佐藤講師は、そのほかにどんな物質が開閉制御に関わっているのか、さまざまな化学物質で調べています。その結果、食品や化粧品などに含まれている防腐剤、ある種の人工甘味料などは、ギャップ結合を閉じさせることが分かったそうです。「ただし、スクラロースという人工甘味料は、ギャップ結合を開かせるんです。ギャップ結合が開けばがん細胞の細胞分裂もストップさせることができます。ある面では抗がん剤よりもすぐれているのに、世界中だれも知らないんです」と佐藤講師。もしかしたら、熊本大学から世界を驚かせる新規の抗がん剤が生まれるかもしれません。


【なるほど!】

 私たちの行動の一つひとつが、体内の化学変化と電位の変化によって制御されているというのは複雑な気持ちですね。でもこれらの発見が、未来の病気の治療法にもつながる可能性を考えると、生命現象の解明がもっと深く進んでほしいと願わずにはいられません。


【メモ1】あなたが見ているのはどんな色?

 動物に色を見せながら視神経や脳の視覚野の活動電位を測定すると、その動物が何原色でものを見ているかが分かります。正確には赤にはその色合いにバラツキがあります。人間は赤・緑・青の3原色でものを見ています。イヌやネコ、ウシなどのほ乳動物は赤と青の2原色。牛が闘牛士の赤いマントに反応するのは赤い色がはっきり見えるからなのかもしれません。
 恐竜から進化した鳥は、赤・緑・青・紫外線の4原色。タカやワシが高いところから小さな獲物を見つけることができるのは、獲物となる小動物たちの尿や糞が紫外線を反射するから。魚やは虫類も同じく4原色を識別できますが、魚の視覚が脊椎動物の中で一番すぐれているといわれます。
 ハチやチョウなど花の蜜を吸う昆虫は、紫外線を識別します。人間には見えなくても、花の中心部の蜜のある場所が、紫外線によってはっきり見えるそうです。モンシロチョウのオスの翅(はね)は紫外線を吸収するので、モンシロチョウが見るとオスは白くメスは黒く見えるとか。さらにアゲハチョウになると、赤・緑・青・紫・紫外線の5原色で見ているそうです。いったいどんな風景が見えるのでしょうか。


【メモ2】感情や性格、行動まで制御する化学信号や電気信号

 脳内の伝達物質は、私たちの感情や性格、健康状態まで左右しています。
 「愛情の遺伝子」と呼ばれるオキシトシン受容体遺伝子が変異したり欠損すると、動物は群れを作らなくなり、人間は絆や信頼関係を築けなくなります。
 また、「浮気遺伝子」と言われるのがバソプレッシンという物質の受容体の遺伝子。米国に生息するプレーリーハタネズミは一夫一婦制ですが、オスのバソプレッシン受容体を抑制するととたんに浮気性になります。逆に乱婚制のサンガクハタネズミのオスにバソプレッシンを注射すると、決まったメスに寄り添うようになると言います。
 脳内伝達物質の代表格の一つで、「やる気スイッチ」とも言われるのがドーパミン。これが不足するとパーキンソン病を引き起こします。また、セロトニンの分泌が足りないとうつ病になるといわれます。化学的な薬物療法が一般的ですが、うまくいかない場合は電気的な刺激療法が有効です。脳内の適切な領域を電気で刺激してやることで、これからさまざまな病気が治せるようになるかもしれません。脳内の現象は、化学物質だけではなく電気でもコントロールできるのです。


ナビゲーターは
熊本大学大学院自然科学研究科(理学専攻)
生命科学コース
佐藤栄治講師

細胞間のコミュニケーションを、発生学と電気生理学の両方から研究しています。