すぱいすのページ

トップページすぱいすのページ「あれんじ」 2010年7月3日号 > 変貌(へんぼう)しつつある関節リウマチの治療 〜メトトレキサートと生物学的製剤

「あれんじ」 2010年7月3日号

【専門医が書く 元気!の処方箋】
変貌(へんぼう)しつつある関節リウマチの治療 〜メトトレキサートと生物学的製剤

 日常生活ばかりでなく生命をも左右する関節リウマチは、かつて「治らない難病」と呼ばれていました。しかし、抗がん剤メトトレキサートの応用と生物学的製剤の出現により、その治療法は大変革を遂げつつあります。痛みを取る治療から、症状がなくなり服薬を必要としない治癒を目指す治療に変わってきている関節リウマチの治療についてお伝えします。

はじめに

 関節リウマチは、日本に70〜100万人の患者がいるといわれ、男女比は1対3、好発年齢は30歳から50歳です。
 関節リウマチの関節破壊は、関節を包んでいる袋、つまり滑膜の炎症で始まります。その炎症性滑膜がどんどん増えてゆき(パンヌスと呼ばれます)、軟骨を破壊して最後に骨を壊し、関節の変形を起こしてしまうのです (図1A)。増殖した滑膜はあたかもじゅうたんの毛のようであり、炎症反応を引き起こす異常細胞で満たされています(図1B)。関節の障害は20年、30年と長期にわたって進行していき、変形や機能障害を残します
(図1C)。
 多くの場合、炎症はいろいろな薬で何とか抑えることができますが、炎症と関節障害は必ずしも同時に進行しているわけではありません。注意すべき点は、関節リウマチを含むリウマチ膠原病は慢性に経過する全身性疾患であるということです。関節リウマチは時間とともに全身臓器へと病変が及んでいくのです(図2)。


【コラム】

 歴史的な有名人にも関節リウマチを患った人たちがいます。山上憶良は万葉の歌人ですが、「痛き傷に塩を注ぎ、短き木の葉を切る」という歌の一節があります。印象派の画家ルノアールもすばらしい絵画を数多く残しましたが、晩年は車椅子で、絵筆を包帯で手にくくりつけて絵を描いている写真があります。
●関節リウマチをわずらっていた歴史上の有名人
・山上憶良(660ー733)
・ルーベンス(1577ー1640)
・フランクリン(1706ー1790)
・ノーベル(1833ー1896)
・ルノアール(1841ー1919)
・デュフィ(1877ー1953)
・アガサ・クリスティー(1890ー1976)


生物学的製剤とは

 バイオテクノロジーで作られた薬のことで、過剰な炎症反応を起こさせている分子に対して抑制作用を示し、炎症を鎮静化して治癒に導くものです。
 関節リウマチの本当の原因はまだ分からないのですが、関節障害の原因である滑膜の炎症を持続させるタンパク質分子が分かってきました。その悪者分子をとらえてしまうと驚くほど症状が良くなるのです。つまり病態を持続させる分子を標的に作られた薬が生物学的製剤で、わが国の関節リウマチの治療には2004年に第一剤が導入され、現在4種類あります(図3)。今年中にさらに一つ加わる予定です

上段の2つは点滴静脈注射により、下段の2つは皮下注射により投与するが、それぞれの薬剤で用法・製剤に違いがある


 それらの治療成果は予想通りのすばらしいものです(図4)が、経済的な制約もあり、生物学的製剤の恩恵にあずかっている関節リウマチ患者の割合はまだ30%にも満たないのではないかと考えられます。そのほか、生物製剤には感染症などの合併症の危険を伴うという問題もありますが、いろいろな課題を含みながらも生物学的製剤を中心とした治療の流れはますます大きくなっていくでしょう。


新しい診断基準による早期診断と治療
【図5】
2009年に発表された欧米の関節リウマチ(RA)の予備的診断基準

関節リウマチをなるべく早期に診断し、早期に治療を開始することで病態をコントロールしていくことを目的に作られたものである。現在わが国で検証が行われている。左は診断に至るまでの方向性を示し、下は新基準を用いた診断のための4重要項目(CCP:環状シトルリン化ペプチド)

 2009年にアメリカリウマチ学会とヨーロッパリウマチ学会が共同して、関節リウマチの新予備診断基準を作りました(図5)。この基準の根底にあるのは、関節リウマチをできるだけ早期に診断し、持続的関節炎あるいは骨病変を来たす可能性の高い症例にメトトレキサートを用いた治療を開始することにより、関節破壊を阻止しようという考えです。人種差や治療環境の違いがあるのでこの基準を日本人に直接当てはめることができるかどうかまだ分かりませんが、日本でも早期診断重視という考え方に大きく変わりました。どのような病気もそうですが、早期診断・早期治療が重要なのです。


新しい治療法の光と影

 メトトレキサートは、葉酸拮抗(きっこう)剤と呼ばれるもので、その強いDNA合成阻害作用からがんの治療に用いられてきました。そのメトトレキサートが関節破壊の進行を止めることが分かってきたのです。恐らく炎症性滑膜の増殖を抑えているのでしょう。メトトレキサートを使わない関節リウマチ治療は、今では考えられないほどになっています。メトトレキサートの3大有害事象(副作用)は肝機能異常、骨髄抑制、間質性肺炎です。しかし、これらはどれも防ぐことができます。定期的に採血検査をして肝機能や造血に異常がないかを確認し、発熱・空咳・呼吸困難感などの症状があるときはすぐに主治医に連絡します。それらは間質性肺炎の症状だからです。
 一方、生物学的製剤にも、肺炎などの感染症誘発や結核菌・B型肝炎ウイルス・EBウイルスの再活性化などの副作用が知られています。小さな副作用は約3割に、重篤な副作用は1割以下で出現する症例があります。つまり、新しい治療法は、非常に高い治療効果を示す一方で、副作用の危険性を持っています。ですから、それぞれの症例ごとに、メトトレキサートと生物学的製剤の効果を最大限に引き出す一方で、副作用を最小限に抑える方策が必要なのです。
 このような新たな治療法を進めていく中でいくつかの課題が見えてきています。


1高額な治療費 

2どの順番で生物学的製剤を
選択するか 

3効果が得られたら
中止は可能か

4副作用を減らす
予防的措置はあるか

5治療を受けたくても
専門の医療機関が少ない 


などです。今後これらの課題を克服していかねばなりません。


治療におけるキーワードは連携

 リウマチ膠原病は全身性疾患で図2に示したように、肺にも心臓にも腎臓にも眼にも病変が現れる可能性がありますので、病期に応じていろいろな診療科の専門医師による集学的治療、つまり一人の患者を多診療科で診てゆくという態勢が必要です。そのためには、医師同士また医療機関同士の連携がとても大切です。また、かねてから患者と医師間の良い関係を築いておくことがぜひとも必要です。


【アドバイス】

◎情報収集について
 日本リウマチ学会はリウマチ専門医制度をつくり、専門医の育成や教育研修活動を継続的に行なっています。リウマチ専門医とはリウマチ診療に関し一定レベル以上の学術知識や経験・技量を有する医師です。専門医に関する情報は日本リウマチ学会のホームページからアクセスできます。また、関節リウマチに関する情報は過剰と思えるほど新聞・雑誌上にあふれていますが、情報をうまく取捨選択し、怪情報に惑わされることなく適切な治療を受けるためにも専門医を役立ててください。日本リウマチ友の会などを通じて患者間の適切な情報交換もできるようになっています。


おわりに

 今や関節リウマチは、早期に診断し強力に早期治療を行うことで、薬を必要としない治癒に至ることも夢ではなくなってきつつあります。関節リウマチと診断されても、決してあきらめずに、自分のライフスタイルを守り、できることを探してください。適切な治療で普通に生活できます。そのためにも、関節リウマチという病気、診断、検査、治療、専門医や福祉制度などに関するさまざまな情報を得て、ご自分の状態を正しく理解する必要があります。


熊本リウマチセンター・
熊本整形外科病院
リウマチ膠原病内科
中村 正 医師

日本内科学会認定医、日本リウマチ学会指導医・専門医、日本血液学会指導医・専門医、米国リウマチ学会国際メンバー、日本リウマチ学会評議員、九州リウマチ学会運営委員、日本炎症・再生医学会評議員、熊本大学医学部医学科臨床教授