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「あれんじ」 2013年10月5日号

【四季の風】
第23回 いわし雲

 ああ、あの暑い夏からやっと秋になったなあと実感するのは、秋風のほかに、雲の形があります。空を仰いでいると、あの力強く盛り上がる入道雲から、さらさらと広がる鰯(いわし)雲へ、確実に秋は来にけりなんです。
 なんだか青い秋の空に泳ぐ鰯の群れのような雲で、魚の鱗のようにも見えるので鱗雲ともいいます。秋になって空気も心も澄んできますが、遥か上空を少しずつ動く鰯雲を見ていると、あたり一面静かになり、私たちの心も、しんと静まり返ります。鰯雲は、静かで、もの思わせる秋の雲なのです。

鰯雲地上はものの音もなし        藤崎久を

 ゆっくりと動く鰯雲を見ていると、心満ち足りた思いになることもあれば、ふっと孤独な思いにとらわれたりすることもあります。


椅子にゐて王者のこころ鰯雲       石原舟月


移り来てこの地も佳(よ)けれ鰯雲      永野由美子


妻がゐて子がゐて孤独いわし雲      安住 敦

 最後に私の一句です。この句は、「河なせりけり」というくらいに大きなかなしみを詠んでいますが、実は、思い返してみて何かきっかけになるように大きなかなしみは何もないのです。つまり、大いなる秋の空の鰯雲を仰いでいると、すべてがかなしかった、私という存在自体まで何もかもかなしかったという句なのです。


鰯雲かなしみは河なせりけり 岩岡中正