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「あれんじ」 2010年6月19日号

【四季の風】
第3回 薄暑の旅

めぐりくる季節の風に乗せて、四季の詩である俳句をお届けします。

旅するは薄暑の頃をよしとする 虚子

 俳句のことで遠近(おちこち)の旅が多い。私は週末はいつも旅人なのだが、この虚子の句のように旅は薄暑の頃が心身ともに軽快で楽しい。「薄暑」という、いかにも的確な季語の言語感覚も、私は大好きだ。
 五月の旅は、鹿児島。この季節の旅の車窓には、薄紫の桐の花の遙かな色が欠かせない。十年ぶりの磯庭園は篤姫ブームのせいか、すっかり充実している。五月の海は青々と、背後の山はもう万緑と呼べるほどだ。なかでも偉容を誇るのは、薩摩藩自前の大砲。山を背にどんと置かれていて、近代化に駆り立てられた先人たちの熱い思いが痛いほど伝わってくる。私は、頼もしいような切ないような思いで仰ぐのである。


万緑の山ふところのカノン砲 中正

 少し高台に上ると桜島が真正面で、五月の海へ長々と裾(すそ)をひく稜線(りょうせん)が美しい。店の人が「ほら」と言うので目をやると、いきなり噴火して黒い煙の塊を二つ三つと大空に上げているところだ。いやすごいものだ、この山も生きているんだと思うと、うれしくなった。何だか「篤姫」から「坂の上の雲」の元気な気分になった。


夏空に噴煙われに未来あり 中正

 久しぶりに、西郷隆盛の生誕の地も終焉(しゅうえん)の地も見た。城垣の弾痕も見た。維新の原点のような加治屋町には、資料館もできて甲突川河畔も見事に整備された。ああこれが新幹線効果なのかと感心しながら歩いた。歩いて行く先に、西南戦争で一番の盟友の西郷と袂(たもと)を分かって、後に暗殺された大久保利通の銅像があった。痩身(そうしん)の大久保は、五月の風にマントの裾をひるがえしながら、昂然(こうぜん)として遥かを見つめている。近くの池には噴水が上がっている。この地に生まれた英雄たちはこうして非業の死をとげていったのである。


空に噴水 英雄に非業(ひごう)の死  中正