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「あれんじ」 2013年8月3日号

【専門医が書く 元気!の処方箋】
医療の現場に生かされる 漢方薬・漢方診療

 漢方薬や漢方医学は身近なようで、案外知らないことも多いものです。
 そこで今回は、日本での漢方医学・医療の変遷や医師養成教育の変化、診療の中で漢方医学がどう生かされているかを紹介します。

はじめに

 漢方薬や漢方医学を医療の現場に生かすことが必要だといわれています。多くの検査を行うことなく、患者さんの訴えをよく聞き、腹診、脈診を中心に診療を行う漢方の診察方法に期待が集まっているように感じられます。検査方法が豊富でなかったゆえに発達した診療法が求められているのかもしれません。


明治期に一度否定された漢方医学 〜日本での漢方診療の歴史

 明治期に西洋医学、特にドイツ医学の導入が決定される以前は、漢方診療は日本の医療の中心でしたし、江戸期には日本独自の漢方医学が発達していました。
 その漢方医学は明治期に一度否定されました。1875年の医術開業試験を開始するという通達と試験科目からの漢方医学の削除、1895年第8回帝国議会で可決された漢方医の医師免許剥奪法が決定的でした。
 その後は、西洋医学を修めた医師が個人的に伝統の漢方医学を学ぶだけという形になり、医学部で漢方医学が教えられることはほぼ100年間ありませんでした。
 ただし、この間も漢方診療、漢方医学研究は少なからず続けられていました。そして、1950年の日本東洋医学会設立、1960〜70年代の和漢薬研究所等の設置、同時期の漢方エキス製剤の保険適用もあり、今日のように漢方診療に再び関心が集まってきたのです。
 また、海外からの影響も今日の漢方の診療や研究が盛んになるきっかけとなっていることも否定できません。特に米国で代替医療の見直しが起きるとともに、中国ハーブ薬(Chinese Herb Medicine)への関心が高まったことが、日本国内の漢方診療を行う医師に大きな影響を及ぼしていると思います。


求められている漢方医学教育の実施 〜医学教育の変化

 ここで、日本での医師養成の仕組みに簡単に触れておきます。
 日本国内で医療行為を行うためには医師免許が必要で、この免許を得るには医師国家試験に合格しなければなりません。
 医師国家試験の管轄は厚生労働省ですが、受験資格に、学校教育法(昭和22年法律第26号)に基づく大学において医学の正規の課程を修めて卒業した者との規定があり、6年制の総合大学医学部か医科大学(全部で80校)を卒業することが必要です。総合大学医学部や医科大学は附属病院も含めて文部科学省の管轄で、各大学が独自のカリキュラムのもとに医師国家試験受験有資格者を養成していたわけです。
 この日本の医学教育に対して、知識偏重で、卒業時の基本的臨床能力養成が不十分と、長年指摘がなされていました。そこで当時の文部省は、「21世紀に向けた医師・歯科医師の育成体制の在り方について(21世紀医学・医療懇談会)」という議論を1996〜1999年に行い、医学部医学科カリキュラムを大幅に見直しました。
 2001年3月27日には「21世紀における医学・歯学教育の改善方法について―学部教育再構築のために―」をまとめ、医学教育に「モデルコアカリキュラム」というものが導入されました。現在は、全国の大学医学部と医科大学では、全カリキュラムの約2/3はこのモデルコアカリキュラムに基づき、残りを各大学の特色を出すカリキュラムにして講義や実習を行っています。
 このモデルコアカリキュラムの中に「和漢薬(漢方薬)の特徴や使用の現状について概説ができる」ように教育するという項目があり、医学科での6年間の履修中に必ず和漢薬を中心とした漢方医学教育の実施が求められているのです。
 詳細は大学ごとに差がありますが、80校全てで何らかの形で漢方医学教育が行われているわけです。熊本大学医学部医学科でも、4年次に90分授業で9回の講義と演習を行い、5年次に週1回の漢方外来での見学実習を行っています。


「冷え」と「ほてり」 〜漢方診療が得意とする症候

 現在の日本で行われている漢方診療には、大きく分けて以下の3つの流れがあるように思われます。

1)江戸時代に日本で発達した腹診を中心とした「方証相対(ほうしょうそうたい)」に基づく診療の流れ

2)中国や韓国の伝統的な方法に近いと考えられる「弁証論治(べんしょうろんち)」を中心にした診療の流れ

3)現代医学の病態の理解に基づきながら漢方医学の方法を利用するという診療の流れ

 症候・病態を中心とした現代医学の診療では、どうしても各臓器に異常があるかないかが問題となりますので、その原因を探ろうとし、いろいろな検査を行います。しかし、それでは対応できない訴えも多くあるのは皆さんも感じられていることと思います。
 その代表が、「冷え」と「ほてり」です。この2つの症候は漢方診療が得意とするところの一つです。
 漢方では、「冷え」は体の中の「気」が不足して元気がなく、寒けを感じたり、風邪をひきやすくなっている状態(気虚(ききょ))と考え、これに対応する生薬の人参や黄耆(おうぎ)を使います。
 「ほてり」は「水(すい)または津液(しんえき)(体内の血液以外の水分を指す)」が不足して手足が熱く感じると解釈し、水(津液)不足を補う生薬、地黄(じおう)、五味子(ごみし)などを使います。
 また、「血(けつ)」が不足する状態は血虚(けっきょ)といい、筋肉のつり、眼の疲れ、髪がやせるなどの症状がみられますので、当帰(とうき)、芍薬(しゃくやく)、地黄などの生薬が使われます。逆に、余ったり、流れが滞ったりして症状が出現することもあり、「気」「血」「水(津液)」の各々に気滞(きたい)、血瘀(けつお)、瘀血(おけつ)、水滞(すいたい)、湿(しつ)、痰(たん)などの病態が知られています。
 このように、臓器別に捉えようとすると無理がある症候に漢方は役に立つことがあり、この面からの患者さんへの取り組み方が、いわゆる全人的アプローチとして支持されているものと考えています。


現代医学の治療と併用 〜診療の現場から

 診療では、現代医学の治療と併用して漢方薬を使用するという医師が多いのではないかと思います。
 もちろん「方証相対」や「弁証論治」をもとに漢方診療をされる医師も増えてきてはいますが、学生時代に講義を受けた医師はまだ若く、それ以外の医師は自身の診療の幅を広げる中で診療に漢方薬を生かしてきたという経緯があるからです。
 私自身も、医師になってから、漢方薬の良いところ悪いところを経験しながら、診療の中に漢方薬を取り入れてきました。
 よく使うのは柴胡剤(さいこざい)といわれるものです。柴胡にはサイコサポニンが含まれており、これには抗炎症作用、抗アレルギー作用があることが知られています。副腎皮質ステロイド剤に併用すると、ステロイド剤を減量できますので、ステロイド剤の副作用を軽減できることは漢方診療を行う医師の間では広く知られています。
 ただ、この柴胡剤の使用に当たっては、胸脇苦満(きょうきょうくまん)という腹症(ふくしょう)を確認することも大切といわれていますし、間質性肺炎という副作用があることも念頭に置かないといけないとされています。
 最近では、現代医学の手法を用いた治療法評価においても効果を実証できている漢方製剤が増えてきており、胸やけ、胸痛、膨満感、悪心・嘔吐などの機能性ディスペプシアに対する六君子湯(りっくんしとう)、消化管イレウスや便秘に対する大建中湯(だいけんちゅうとう)、認知症周辺症状に対する抑肝散(よくかんさん)、抗がん剤副作用の末梢神経障害に対する牛車腎気丸(ごしゃじんきまる)などが知られています。
 また、がん治療後に補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)を使うことで体力の回復を図り、一部の例では転移を抑制する可能性があることも見られています。この両剤は代表的な補気剤(ほきざい)といわれるもので、がん治療で失われた「気」を補い、食欲増進につながり、生活の質の向上も見られています。
 これらは最近の知見などから、末梢の循環血流改善、免疫抑制状態改善、体内の炎症状態のバランス調整により、効果が表れていると思われます。
 漢方診療で重視される「瘀血」というものが、血液の静脈内での停滞であることを考え合わせると、漢方診療は、動脈血が臓器に流れ込んだ後の、静脈系の流れを中心に診る医療体系のようにも捉えられるのではないかと思います。
 このような視点で、漢方製剤が効果を持つ病態を見直してみると理解が進むことが少なからずあるのです。


最後に

 漢方診療では、薬をある特定の病名に対して処方することはなく、症状や病態に対して処方することが治療の中心です。
 このため、1つの漢方製剤が複数の疾患群の類似の病態に効果をあらわす場合がみられること、日常で使用する漢方エキス製剤の薬価はさほど高くないことなどから、医療経済によい効果を及ぼすことが指摘されています。
 漢方製剤を日常診療で使用する医師は約70%に上るという統計もあり、上手に漢方薬を利用する必要があると考えています。ただ、漢方薬といえども副作用がないということはありません。よく注意して使用することも念頭に置いておくべきと思います。


今回執筆いただいたのは
熊本大学医学部附属病院
医療情報経営企画部
宇宿(うすく) 功市郎教授
1975年3月熊本県立熊本高等学校卒業
1981年3月鹿児島大学医学部卒業
内科、神経内科研修修練
1996年4月鹿児島大学助教授
(医学部医療情報管理学)
医療情報学、漢方医学の教育研究
2006年1月から現職