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「あれんじ」 2010年6月19日号

【熊遊学(ゆうゆうがく)ツーリズム】
地球温暖化にも関係してる!? 「エアロゾル」の不思議

 先端の研究者をナビゲーターに、熊本の知の世界を観光してみませんか! 熊本大学を中心に地元大学の教授や准教授が、専門の学問分野の内容を分かりやすく紹介する紙上の「科学館」「文学館」。それが「熊遊学ツーリズム」です。第2回のテーマは「エアロゾル」。
さあ、「なるほど!」の旅をご一緒に…。

【はじめの1歩】

 「エアロゾル」って、何だか殺虫剤の名前みたいですが、「エアロ」とは「気体」、「ゾル」は「小さな粒子がまんべんなく分散した状態で存在しているもの」のこと。大気中に存在する黄砂も雲もエアロゾルだそうです。さあ、これから微粒子の世界を探検しましょう!


Point1

 大気中にはいろんな粒子が混じっています。これを「大気エアロゾル」と言います。これらを大気中から採取して電子顕微鏡で調べているのが、熊本大学大学院自然科学研究科の小島知子准教授です。エアロゾルは埃(ほこり)を嫌う精密機械も関係してくるので、この分野には工学系の研究も含まれますが、要となるのはやはり小島准教授が行っているような基礎研究です。
 粒子の種類は、海から出た海塩粒子、土壌から巻き上げられた砂塵(さじん)、車の排気ガスなどが空気中で反応を起こして粒子化したもの(硫酸塩や硝酸塩など)、微生物や植物の胞子などの有機物、油田などから出る煙の煤(すす)などで、採取する場所や季節によって割合が違ってきます。中国大陸から偏西風に乗ってやってくる黄砂も、大気エアロゾル(以下エアロゾルと表記)の一種です。

さまざまな大気エアロゾル
光化学オキシダント注意報の出た日(2007年4月26日)に熊本大学の建物の屋上で取った粒子の電子顕微鏡写真(黒線の長さが0.2ミクロン)。図中の土壌粒子(Silicate)は、大陸から来た黄砂でしょう。


鉛を含んだ微小粒子(Pb)を包み込んだ有機物。光化学反応の産物かもしれません


土壌粒子(下)の表面に、海塩起源の硫酸塩が束になって結晶化したもの


重金属などの大気汚染物質と土壌粒子との混合物。右側は写真のどの部分に何の元素が多いかを色分けしたもので、ケイ素(水色)とアルミニウム(ピンク)からなる土壌粒子に、イオウ(橙)や鉛(赤)、スズ(緑)を含んだ汚染物質と、炭素(黄色)でできたススが付着しているのが分かります


Point2

黄砂とバイオエアロゾル
 黄砂が特に春に多いのは、中国内陸部の乾燥地帯(タクラマカン砂漠、ゴビ砂漠など)で砂嵐が起きる季節であり、しかも偏西風の影響が強くなる時期と重なっているためです。
 最近は砂漠化のために砂嵐が頻繁(ひんぱん)に起きるようになり、黄砂の量も増えてきました。1粒の大きさは、0・1ミクロンから数十ミクロン(1ミクロンは1000分の1ミリ)。中国で舞い上がった黄砂は、高度1〜数qの上空で層を作り、日本どころか、太平洋を越えて米国まで達していることが衛星写真や大気観測で分かっています。
 2000年ごろ「サハラ砂漠の砂塵に付いたバクテリアが、カリブ海に落ちて珊瑚(さんご)を病気にしている」という論文が注目を浴びました。日本や中国、韓国のエアロゾル研究者の間でも、黄砂にまぎれたり付着したりしてやってくる微生物がホットなテーマになっています。いわゆる「バイオエアロゾル」と呼ばれるものです。そういった微生物は、胞子という形でやってくることが多いのです。黄砂の発生源に近い敦煌(とんこう)と日本の広島で採取した微生物のDNAが似ている、という研究発表もあり、微生物が日本まで来ていることは確かなようですが、問題は生きたまま来ているかどうかです。
 「微生物は、単独では空気中で長くは生きていられませんが、粒子にくっついていれば水分が保たれたり紫外線がさえぎられたりして、生きていられる可能性はあります」と小島准教授。鳥インフルエンザなどのウイルスも、黄砂などのエアロゾルに付着して日本にやってくるのではないか、という心配がありますが、ウイルスはバクテリアよりもずっと小さいので見つけにくく、付いていたとしても密度が低いので、まだなかなか研究は進んでいません。


Point3

雲もエアロゾルの仲間
 雲は小さな水滴や氷の粒子が集まったもので、これもエアロゾルといえます。さらに、その一粒一粒には核となる微粒子が含まれています。逆に言えば、これらの微粒子が水蒸気を集めて雲を作っているのです。だから、飛行機で微粒子をばらまけば、雲ができて人工的に雨を降らせることも可能になるわけです。かつて小島准教授は、アラブ首長国連邦で人工雨を降らせるプロジェクトにも関わったことがあったそうです。
 エアロゾルには、水の粒を作りやすい粒子と、氷の粒を作りやすい粒子があります。黄砂などの土壌粒子は水に溶けず、氷を作りやすいという性質があります。土壌に含まれる粘土の粒と氷の結晶構造が似ているので、粘土の粒の周りに六角形の結晶ができやすいのです。
 一方、公害や火山活動でできる硫酸塩は、水の粒を作りやすく、氷ができるのを阻害する性質があります。この硫酸塩が土壌粒子とくっついて、粒子の周りをコーティングする場合もあるのです。すると氷ではなく水の粒ができ、そこには有毒ガスも溶けやすいので、ガスと粒子の反応が進んで汚染された雲になるため、酸性雨の被害などが起きやすくなります。


Point4

地球温暖化とエアロゾル
 CO2だけではなく、雲の存在も地球のエネルギー収支に影響を与えています。特に、高度15 〜20qの対流圏と成層圏の境目あたりにできる巻雲(けんうん)(絹雲、すじ雲)は、水蒸気を含んでいるため、地球から放出される赤外線を吸収する働きがあります。そうすると、温室効果がさらに上がることになります。逆に、分厚い低層雲(きり雲、雨雲など)が広がると、太陽から届く日光をさえぎり地表を冷やします。
 雲の性質によって、地球を温めたり冷やしたり両方の効果をもたらすので、地球環境の未来を予想するにも、雲の研究は欠かせなくなってきています。
 太陽エネルギーが多く降り注ぐ亜熱帯の米国フロリダで、巻雲を調べる大規模なプロジェクトにも参加した小島准教授は「地球が温暖化すると水蒸気も増えるので、CO2がもたらす以上に温室効果が高まり、さらに温暖化が進むというフィードバック現象が危惧されます」と語ります。水蒸気が地球の未来を握っている、といっても過言ではないかもしれません。 


【メモ1】
黄砂は紀元前からあった
 紀元前の中国では、黄砂は「塵雨(じんう)」と呼ばれていました。日本でも平安時代初期に編纂(へんさん)された「続(しょく)日本紀」に“奥州で紅い雪が降った”と記録されています。土の粒子は氷の結晶を作りやすいので、赤っぽい粘土鉱物の粒子が核になってできた雪だったのでしょう。

【メモ2】
微生物と紫外線
 空中を浮遊する微生物に対する紫外線の影響は、かなり大きいと考えられます。以前、小島准教授が熊本上空を浮遊している生菌(生きている細菌やカビ)の数を調べた時、紫外線の多い晴れた日ほど生菌の数は少なかったそうです。昔から行われてきた「虫干し」の科学的根拠が、こんな形でも実証されたわけです。

【なるほど!】
 「エアロゾル」という言葉が創られたのは1920年ごろだそうですから、もう90年になります。電子顕微鏡で見る微粒子が、地球環境にもかかわってくるというのにはビックリ! たまには上空を見上げて、地球の未来を考えてみようと思いました。


熊本大学大学院自然科学研究科(理学系)
地球環境科学講座
小島 知子准教授