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「あれんじ」 2012年12月1日号

【専門医が書く 元気!の処方箋】
きちんと知りたい「うつ」

 最近では、「プチうつ」という言葉も聞かれ、良くも悪くも「うつ(鬱)」という言葉は、日常語として一般的に使われるようになってきています。なんとなく分かっているようで、実はきちんと知らない…。今回は、そんな「うつ」についてお伝えします。

はじめに

 つらいこと、嫌なこと、ショックなことがあると気分が落ち込むというのは自然なことです。中には誘因もなく、気分が落ち込むということもあるかも知れません。精神医学では、その状況、様子(程度)、期間に関して、通常の落ち込みよりも程度の強い気分の問題を「気分障害」と総称しています。その代表的なものが「うつ病」です。
 「気分障害」はうつ病、躁うつ病、あるいは慢性的なうつ状態など広く気分の問題全般を指します。
 わが国では14年連続で自殺者数が3万人を越す高止まりの状況が続いており、自殺とうつとの深い関係を考えると、うつ(気分障害)対策は国を挙げての喫緊の課題でもあります。


<症状・病態>症状が一定期間続くかどうかがポイントに
【表1】うつ病の診断基準

 うつ状態を呈する病気は精神科の担当する病気に限らずたくさんあります。うつ病を合併しやすい身体疾患としては、甲状腺機能障害、パーキンソン病などが代表的で、脳卒中後のうつ状態もリハビリの面から大きな問題です。最近では、高血圧、U型糖尿病、メタボリックシンドロームなどいわゆる生活習慣病との合併も注目されています。
 うつ病以外の精神科領域の病気においても、うつ状態は広く認められます。一般的に、適度なストレスは健康維持の上で好ましいのですが、過度のストレスがかかると誰でもうつ状態になり得ます。その代表的なものが「適応障害」です。これは、明らかなストレス因子に引き続いて起こる不安や抑うつ気分のことで、数年前の皇室関連ニュースで有名になりました。大切な人を亡くしてしまった場合の悲しみは当然のことですが、医療的ケアが必要な場合は「死別反応」と呼ばれます。このように、うつ状態は精神科診療の中ではごく日常的なものです。
 それでは一般的な気分の落ち込みとうつ病とでは何が違うのかと言うと、その違いは、日常生活に支障をきたすほどの症状が一定期間続くかどうかがポイントになります。うつ病の診断基準を例にとって説明しますと、表1のように、一定の症状が2週間ほとんど毎日みられる場合に、うつ病と診断します。「憂うつな気分」「興味・楽しみの喪失」についてですが、1カ月間で2つとも該当する症例は大半がうつ病だったとする調査結果もあります。
 一方で、客観的な検査所見(例えば内科診断における血圧や血糖値に相当するようなもの)に乏しいのが、精神科診断の難しいところです。右記うつ病の診断についても、問診で得られたご本人の自覚症状の組み合わせで診断するしかないのが実情です。客観的所見が乏しいがゆえに周囲から誤解されることも多く、昨今「新型うつ病」という言葉がよく聞かれるのも、こういったことが関連しているのかも知れません。ちなみに「新型うつ病」という病名は専門的なものではなく、一部マスメディアによる情報が先行しているようです。
 ライフサイクルで見てみると、子どもにもうつ病があると認識され始めたのはわりと最近のことです。それに比べると高齢者にうつ病が多いことは従来から指摘されていました。最近では認知症との関連でもうつ病が注目されており、昨年厚労省が、いわゆる団塊の世代の高齢期突入を目前に控え、特に認知症とうつ病を重視して、従来のがん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病に精神疾患を加えて「5大疾病」とする医療計画を発表しています。高齢者のうつ病では、心気的・身体的訴えが多い、長引きやすい、自殺率が高い、しばしば(うつ病性)仮性認知症に代表される認知機能障害を呈する、などの特徴が昔から知られています。


<統計学的情報>女性の方が男性より2倍もなりやすい傾向
【図1】うつ病の診断基準

 日本における20歳以上の一般住民を対象にした調査では、6.5%の人が一生のうちに一度はうつ病になるとの結果が得られており、約15人に1人はうつ病を経験する計算になります。
 また、厚生労働省が定期的に行っている患者調査によると、2008年に気分障害で医療機関を受診した患者さんの数は100万人を超えています(図1)。一方で、うつ病の患者さんのうち3/4の人たちは医療機関を受診しないという調査結果もあり、うつ病の患者さんの数は推計300〜400万人にのぼるということになります。やはり決して珍しい病気ではないと言えます。ちなみに、女性の方が男性より2倍うつ病になりやすいことも分かっています。


<原因・メカニズム>まだよく分からない部分も

 残念ながら、うつ病の原因やメカニズムはまだよく分かっていません。治療のところでも述べますが、セロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質を活性化させる薬剤が効果を発揮することから、脳内でのこれらの神経伝達物質の量や機能の調節異常が関連していることは確かなのですが、詳しいメカニズムは分かっていません。
 最近では、身体・心理・社会的なさまざまな要因が複合的に関与してうつ病が発症すると考えられています。ストレスが大きければ誰しもうつ病になり得るわけですが、従来から、うつ病になりやすい性格傾向として、周囲に配慮する、責任感が強い、几帳面などが指摘されています。うつ病を生活習慣病としてとらえ直そうとする意見もあります。
 私たちの教室で取り組んでいる県内山間部における実態調査で、高齢者のうつ状態には独居が関連しており、社会的サポートが充足していればうつ状態を防げる可能性のあることが分かりました。
 また、高齢者のうつ状態について山間部と熊本市とで比較・検討したところ、両地域に共通した危険因子がある一方で、睡眠障害は熊本市でのみ、社会的サポートの乏しさは山間部でのみ、うつ状態の発症と関連しているというように、都市部と山間部とで危険因子に差異のあることも分かりました。


<治 療>新しい薬も登場

 基本的には、薬とカウンセリングに代表される精神療法が中心になります。近年、抗うつ剤は従来のものと比較して格段に副作用の少なくなったSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)が主流になっています。さらにNaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)と呼ばれる新しいタイプの薬も発売されています。かかりつけ医でも、これらの抗うつ剤を処方されるところが一般的になりつつあります。
 「うつはこころの風邪」キャンペーンなどの結果、徐々に身近な病気として認識されつつありますが、「風邪は万病のもと」とも言い、再発予防のためには少なくとも半年くらいは服薬を続けたほうが良いと言われています。
 一方で、軽症のうつ病の場合は安易に抗うつ剤は使用せず、簡便な精神療法と休息などの指示で十分に改善する場合が多いことも指摘されています。
 より専門的な治療法としては、「死にたい考え」の強い場合や副作用などの面から十分な薬物療法が行えない場合などには、修正型電気けいれん療法が有効です。また最近、患者さんの考え方のクセにアプローチするとされる認知行動療法の保険診療が認可されましたが、わが国ではまだ専門家が少ないのが現状です。


おわりに

 「うつ病の体験を乗り越えれば、ひと回り大きくなれる」と言われています。当科では昨年から、高齢者の気分障害を対象とした専門外来「シルバーうつ外来」を始めています。周囲も含め、高齢者の心身の不調を年齢のせいと見過ごさずに一度医療機関に相談してみてください。


今回執筆いただいたのは
熊本大学医学部附属病院
神経精神科

藤瀬 昇 講師

精神保健指定医
日本精神神経学会専門医