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「あれんじ」 2012年11月3日号

【専門医が書く 元気!の処方箋】
五十肩(肩関節周囲炎)と腱板(けんばん)断裂

 ある朝、洗濯物を干そうとしたら腕が上がらない、痛みを感じる、などの経験をしたことがある人は多いのではないでしょうか。
 今回は、一般的に「五十肩」と呼ばれる肩関節周囲炎について、症状が似ている腱板断裂と併せてお伝えします。

はじめに

 五十肩は、中高齢者の肩関節に痛みを生じる数多くの疾患の中で最も高頻度に認められますので、これを中心に説明します。病名としては肩関節周囲炎といいます。治療に当たってこの肩関節周囲炎と鑑別しておかなければならない病気の中で、特に重要なものが肩関節のまわりにある腱板の断裂ですので、それについても触れておきます。


肩関節周囲炎の概要
【図1】凍結肩

 肩関節周囲炎は、外傷や前ぶれとなる病気がなく生じ、中高齢者に起こることが多いので、老化や運動不足が関係していると考えられています。また、糖尿病のある人は、ない人と比べて肩関節周囲炎になることが3倍多いことも分かっています。
 最近の研究で、病気が起きている肩関節で軟骨形成に関わる、ある遺伝子の発現が多いことが分かり、通常は柔らかい肩関節包が軟骨の成分を含むように変化して硬くなることが原因の一つになっていると考えられます。
 しかし、原因がすべて分かっているわけではありません。通常は、腕を横から頭に向けて動かす時に痛みを感じて異常に気付きますが、肩関節周囲炎がひどくなってしまうと前・後ろ・横のどの方向にも動かせなくなってしまうこともあります。この肩が固まった状態を凍結肩と呼んでいます(図1)。
 以前は、肩関節周囲炎は自然に治るので心配ないと考えられていましたが、最近の研究では回復まで最長で2〜3年もかかる上に、軽度ですが肩関節の可動域制限が後遺症として残ることが多いことも分かってきました。ですから、症状が出たら早めに診断を確定して治療を開始すべきだと思います。



肩関節周囲炎の症状と診断
【写真1】肩関節周囲炎
上腕骨頭の上の黒いひも状の腱板が、骨頭の外側に付着している(骨の部位名は左の図3参照)

 肩関節周囲炎は、前兆なく突然起こります。力仕事よりデスクワークが中心の仕事をされている人に多い傾向があります。
 最初はわずかな痛みですが、次第に激痛となります。夜に痛くて目が覚めることもあります。手を上げようとしたり、エプロンのひもを結ぼうと後ろに回したりした時に痛みます。しかし、じっと腕を動かさずにいる時には痛みはありません。
 肩関節周囲炎以外にも肩の痛みを生じる疾患は少なくありません。腱板断裂・石灰性腱炎・上腕二頭筋長頭腱炎・変形性肩関節症・肩外傷などの肩関節疾患によるものや糖尿病・甲状腺機能障害・心臓疾患・肺疾患・神経疾患・頸椎(けいつい)疾患・関節リウマチ・痛風など肩以外の疾患によるものがあります。治療上、これらを鑑別することが重要です。
 診察と血液検査、単純レントゲン線検査、MRI検査(写真1、2)などによって、この鑑別が可能となります。ですから、ご自分で「五十肩だろう」と思われても、整形外科を受診されて診断を確定されることをお勧めします。


【写真2】肩腱板断裂
上腕骨頭の上の黒いひも状の腱板が、骨頭の外側から剥がれている(矢印の白い部分が断裂部)


肩関節周囲炎の治療
【図2】雑巾がけ体操
両肘を伸ばして手をタオルの上に載せ、体を前に倒します。手が前に行き、肩は開く形になります。できるところまでいったら、ゆっくり体を戻します。これを20回繰り返します。1日3〜4セット行いましょう

 通常、保存療法によって90%の患者さんの症状は改善します。まず、肩関節の安静と、消炎鎮痛薬の服用や副腎皮質ステロイド薬注入・ヒアルロン酸注入といった肩関節への注射療法で痛みを軽減させることが重要です。最近、レーザー治療も有効であることが分かりました。これはレーザー治療器を用いて肩の痛みのある部位にレーザー線を照射するだけの簡単なものですが効果的です。
 いずれの治療法においても、痛みが強い時期にはいたずらに運動は行わず、除痛効果が得られたあとに雑巾がけ体操(図2)などの運動療法を行います。
 こうした治療を行っても3カ月以上痛みが持続し、髪が洗えない、エプロンのひもが結べないような場合、手術を行って治すことができます。最近は、関節鏡視下手術という内視鏡下治療(写真3)が行われていて、治療期間を短縮させることが期待されます。手術では、特殊な電気メスで硬くなった肩関節包を解離して軟らかくします。
 また、先に述べたように、糖尿病などの病気があって肩関節周囲炎を生じている場合は、当然その病気の治療を行うことが大切です。


【写真3】関節鏡視下手術
手術は1センチ以下の小さな皮膚切開で行います。肩に挿入した関節鏡画像をテレビモニターで見ながら手術を行います


腱板断裂とは

 注意すべき点は、五十肩だからじき治るだろうと思っていて、なかなか治らないので検査してもらったら腱板断裂だったということが少なからずあることです。
 筋肉の先端部が強い線維の集まりとなって骨に結合している部分を腱と呼びますが、腕を上げたり回したりする4つの筋肉(棘上筋(きょくじょうきん)・棘下筋(きょくかきん)・肩甲下筋・小円筋)の腱が集合して上腕骨骨頭(腕の骨の肩側の先端)に強く結合しているところが腱板です(図3)。野球でピッチャーがスピードボールを投げるために人一倍強靭(きょうじん)さが必要なところです。
 腱板断裂は加齢とともに増加し、腱の老化が発症に関与します。また、スポーツや外傷も発症に関与します。腱板を構成する4つの筋腱のなかで棘上筋の筋腱が最も多く断裂します。
 腱板断裂には部分(不全)断裂と完全断裂があり、腱板完全断裂は自然に修復することはありません。腱板完全断裂では、手を上げた時に痛みがあることは肩関節周囲炎に似ていますが、凍結肩のように固まった状態になることはまれです。断裂していない筋腱の筋肉を使って腕を動かすことができるからです。一方で、筋腱が切れて使われなくなった筋肉は萎縮していきます。MRI検査(写真1、2)や超音波検査で腱板断裂を確認することで診断を確定することができます。
 腱板断裂の治療方法は、年齢・発症状況(外傷歴の有無)・運動痛や夜間痛の程度・職業や活動性・画像検査による筋萎縮(脂肪変性)の程度を総合的に判断して決定します。
 手術では断裂した腱板を骨に縫合固定しますが、内視鏡下での手術(鏡視下腱板修復術)も行われています。いずれの場合も、縫合した腱板と骨が癒合(ゆごう)するには約6週間かかります。この間は無理な運動はできません。その後リハビリを少しずつ行います。このように、中高齢者に多い腱板断裂の術後はリハビリを含めて特に時間を
要します。


肩関節周囲炎の予防

 五十肩の予防には適度な運動が必要です。この場合、バーベルやマシーンを使った負荷のかかるトレーニングではなく、ラジオ体操で行うような背筋をのばして万歳する、あるいは大きく手を回すなどのストレッチ運動を毎日行うことが大切です。


今回執筆いただいたのは
熊本大学大学院生命科学研究部
整形外科学分野

井手 淳二 准教授

・日本整形外科学会専門医
・日本リウマチ学会専門医
・日本リハビリテーション医学会専門医
・日本整形外科学会認定運動器リハビリ テーション医
・日本体育協会公認スポーツドクター