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「あれんじ」 2012年8月4日号

【専門医が書く 元気!の処方箋】
メタボリックシンドロームが肝臓に現れる!? 非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)

 アルコールの肝臓への影響は知られていますが、アルコールをそれほど摂取しなくても糖尿病や肥満に伴ってアルコール性肝障害に似た肝障害が起こることが分ってきました。
 非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)と言われるものです。
 今回は、NAFLDとそれに伴う疾患についてお伝えします。

はじめに

 お酒を多く飲むと肝臓を傷めます。アルコールを摂取すると、脂質の吸収が増え、脂質の合成が増加して分解が阻害されるため肝細胞の脂肪化が生じたり、アルコールそのものや代謝の過程で産生されるアセトアルデヒドなどの代謝産物のために肝臓の炎症、線維化をきたしたりします。このためアルコール性の肝障害では、特徴的な脂肪肝や肝炎を発症するのです。これをアルコール性脂肪性肝炎(alcoholic steatohepatitis:ASH)と呼んできました。
 一般的には5年以上の常習的な(週に4〜5日以上の)飲酒で、男性の場合1日平均純エタノール量60gを超えて摂取する(常習飲酒家と言います)と、肝障害が発生するとされています。エタノール量20gはビールで大瓶1本、日本酒で1合、焼酎で0・5合、ウイスキーでダブル1杯に相当します。肝臓を悪くする飲酒量には個人差、性差がありますが、1日の摂取エタノール量が20gまでであれば、肝障害は起こらないと考えられています。


飲酒を原因としない肝障害
【図1】非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)の概念

 ところが、アルコールを飲まないか飲んでも1日にエタノール量20g以下の場合でも糖尿病や肥満に伴ってアルコール性肝障害に似た肝障害が起こることが分ってきて、非アルコール性脂肪性肝疾患(nonalcoholic fatty liver disease:NAFLD)という概念が生まれました。
 NAFLDは、飽食と運動不足による過栄養を基盤としたメタボリックシンドロームの肝臓での表現形と考えられています。このような過栄養性の脂肪肝は進行しないと考えられていましたが、肝硬変や肝がんに至ってしまう持続的な肝臓の炎症を伴う疾患群があることが明らかとなって、特に非アルコール性脂肪性肝炎(nonalcoholic steatohepatitis: NASH)と呼ばれるようになりました。の成因はまだ明確ではありませんが、過栄養、高インスリン血症を基盤として肝臓への脂肪蓄積が起こり(第1ヒット)、それによる肝細胞の代謝異常や解毒能力の低下から細胞を障害する活性酸素種が産生され、この酸化ストレスや炎症性サイトカインの関与などが加わって炎症を起こし(第2ヒット)、本格的な肝炎の発症と肝細胞障害の進行が悪循環的に引き起こされると考えられています(図1)。


【NAFLDの症状・特徴】肥満、メタボとの関係の強い肝障害

 肝障害の進行による症状ではNAFLDに特異的なものはありません。肝臓は“沈黙の臓器”と言われる通り、ある程度病期が進行しても、特に慢性に進む場合は症状として現れにくいのです。これは肝臓の機能の予備能力が高いためですが、それでもそれを超えて進行すると、手掌紅斑(しゅしょうこうはん)(手のひらが赤っぽくなる)やくも状血管腫(顔や胸に出やすいクモや星の形に見える細い新生血管)といった慢性肝障害に特徴的な変化や、さらにある程度進んだ肝硬変になると、倦怠感、黄疸(おうだん)、腹水といった症状が出現しますが、いずれも他の原因による肝疾患の場合と同様です。
 しかし、肝機能低下に由来する所見・症状以外には特徴があります。肥満やメタボリックシンドロームとの関係の強い肝障害であることと関連して、脂肪肝の程度が強くなると頸動脈硬化症の合併率が高くなることや、NAFLDが心血管イベント(狭心症や心筋梗塞など)発症の危険因子であることが報告されています。つまり、肝障害の進行だけでなく、動脈硬化性疾患の合併を抑える意味でも、NAFLDの予防、治療は必要なのです。


【NAFLDと肥満】中等度以上の肥満者では約80%の頻度
【図2】肥満者(BMI≧25)の割合の年次推移(平成7年〜22年)

 先進国ではNAFLDの患者は年々増加しており、数ある肝疾患の中で最も頻度が高く、そのうちの約20%は進行性のNASHとなり、さらにその一部は肝硬変や肝がんへ進展します。
 NAFLD患者の多くは、肥満、糖尿病、高血圧、脂質異常症などの生活習慣病を基礎疾患として持っています。肥満者人口の多い米国で、1980年にNASHの概念が提唱されて30年を経過しましたが、日本で重要な肝疾患の一つとして注目されるようになったのは10年ほど前からです。欧米化した食生活や自動車使用の増加による運動不足などにより脂肪性肝疾患が増加し、医療の現場や一般社会での認知度が上がったのです。
 一般的に、BMI [body mass index=体重(s)/身長(m)2乗]が25以上を肥満としていますが、日本人の肥満人口は1980年代から増加の一途をたどっているわけではありません。その推移は男女で異なり、男性は現在も増加傾向であるのに対して、女性はおおむね減少していて(図2)、平成22年の国民栄養調査では総肥満者人口割合は男性30・4%、女性21・1%となっています。年齢別に見ると、女性は70歳以上の高齢者を除いて減少傾向にあるのに対して、男性は各年代とも増加しており、特に40–50歳代では35%を超えています(図3)。
 NAFLDの頻度はBMIが25〜30の軽度の肥満者で約35%、30以上の中等度以上者では約80%とされ、肥満人口からもNAFLDは日本人の10%以上、NASHは2%程度あるいはそれ以上と推定されます。これらの予防の観点から肥満対策、特に中年男性と高齢女性への対策が急務と考えられます。


【図3】肥満者(BMI≧25)の割合の年次推移(昭和58年〜平成22年)


【NASHと肝がん】NASHからの肝がん発生多い男性

 NASHからの肝がんの発生頻度については、C型やB型の慢性肝炎/肝硬変の場合ほどは明確にはなっていませんが、C型慢性肝疾患からの発生頻度よりは低いと考えられています。
 最近の研究では、女性では肝硬変へ進行した場合に肝がんの発生が多いのに対して、男性では線維化があまり進行していないNASHからも肝がんの発生が多く、性差があることが分かってきました。また海外の研究ではありますが、NASHの場合に少量でも飲酒を続けている、あるいは過去に多くの飲酒をしていると、肝がんの発生が多くなることが示されています。


【NAFLDの治療】生活習慣の改善を基本にチーム医療対応も
【表1】NAFLDの食事療法のポイント

 NAFLDの治療は、適度の運動と食事療法といった生活習慣の改善が基本です。食事療法は基本的には食事制限となりますが、急激な体重の減少や極端な食事制限を行うと末梢組織から脂肪が動員されて脂肪肝を増悪させることもあるので注意が必要です。
 NAFLDでは標準体重(BMI=22)当たり25〜35kcal/日、蛋白質1.0〜1.3g/s体重、脂肪エネルギー比20%〜25%の食事を基準とし、飲酒は控える必要があります。脂肪の極端な制限は脂溶性ビタミン(ビタミンA、D、E、 K)の不足につながり望ましくありませんが、飽和脂肪酸の過剰摂取は血中コレステロールを上昇させるため、バター、牛乳、獣肉類の制限は必要で、糖尿病食に準じた内容となります(表1)。
 国民栄養調査の「メタボリックシンドロームの予防や改善のための実勢状況」調査では、肥満者の多くは食事改善や運動を「するつもりがない」わけではなく、「するつもりはあるが、実行が難しい」という実態が見て取れます。実際に診療していて、アルコール性肝障害での断酒が難しいことと同様に、NAFLDでの食事運動療法の困難さを感じます。
 いずれの場合も実行できないことは本人の意志の弱さだけに原因があるわけではなく、環境の改善が必要な場合が多いように思われます。状況によっては本人と内科医だけでなく、家族、同僚、保健師、栄養士、運動療法士、場合によっては精神科医を含めたチームで対応する必要があるように考えています。
 生活習慣の改善で効果のない場合、あるいは既に進行した病態である場合には薬物治療の併用が必要で、他の肝障害の時に使用される肝庇護剤、抗酸化作用のあるビタミンCやE、糖尿病薬として用いられるインスリン抵抗性改善薬、高脂血症治療薬などが使われます。


おわりに

 脂肪肝は心配ないと考えられていたのは過去のことです。健診などで肝機能障害を指摘された場合は、専門の医療機関を受診する必要があります。NAFLDと診断された場合は、進行を防止し、正常の肝臓に戻るよう生活習慣・環境の改善を図って、NASHに移行することはぜひとも避けたいものです。


今回執筆いただいたのは
熊本大学大学院
生命科学研究部 消化器内科学

田中 基彦 准教授

・日本内科学会指導医
・日本消化器病学会指導医
・日本肝臓学会指導医
・日本消化器内視鏡学会専門医