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「あれんじ」 2012年5月5日号

【専門医が書く 元気!の処方箋】
赤ちゃんを重症感染症から守るため生後2カ月目からの予防接種を

 赤ちゃんが生まれたら、「何の予防接種をいつ受けさせたらいいの?」「重い副反応の心配はないの?」など、ママたちの大きな関心事の一つである予防接種。そこで今回は、予防接種に関する最新の情報をお伝えします。

生後2カ月の赤ちゃんに予防接種は必要ですか?

 おなかの中で赤ちゃんはお母さんから免疫(めんえき)グロブリン(抗体。体内に侵入してきた細菌やウイルスに結合し、体内から排除する役目を担います)を胎盤を通してもらっていますので、通常は生後9カ月ころまでは麻疹(ましん)、水痘(すいとう)、おたふくかぜなどの感染症からは守られています。これを母子免疫と呼びます。
 しかし、ヒブ(ヘモフィルス・インフルエンザ菌b型:Hib)や、肺炎球菌等の一部の感染症に対する母子免疫効果はあまり期待できず、生後2〜3カ月の早期から免疫力が著しく低下してきます。そのため、この時期から「ヒブ、肺炎球菌による予後不良な細菌性髄膜炎(ずいまくえん)」が発症する可能性があります。
 このような免疫学的背景から、生後2カ月目になったら速やかにヒブワクチンや肺炎球菌ワクチンによる予防を開始する必要があります。


細菌性髄膜炎とはどういう病気ですか?
【図1】細菌性髄膜炎の起炎菌

 最初は、周りの人(兄姉や保育園の友達など)から感染したヒブや肺炎球菌が鼻の粘膜に定着することから始まります。たいていは保菌するだけ(菌はいるが発病はしない状態)で済みますが、一部の赤ちゃんでは、血液中で菌が増殖し(菌血症)、続いて、菌が中枢神経系に侵入し、脳を覆う膜に感染することで髄膜炎が発症します。
 初期には、しばしば発熱のみの症状であるため、髄膜炎の診断は難しく、風邪などと診断されることがありますが、その後、わずか数時間のうちに意識障害、けいれん発作、ショックなどの重篤な症状が現れます。発症した場合は死亡することもあり、助かっても多くの子どもたちが精神運動発達障害、難聴などの後遺症に一生にわたり苦しむことになります。
 日本では年間約1000人の子どもたちが細菌性髄膜炎にり患しており、1歳未満の乳児がその約半数を占めています。原因としてはヒブと肺炎球菌の2つの菌で全体の約90%を占めます(図1)。よって、ヒブワクチンと肺炎球菌ワクチンを接種することによりその多くが予防可能となります。
 ヒブワクチンと肺炎球菌ワクチンの予防効果が極めて高いことは、これらのワクチンを定期接種化した国ですでに実証されており、わずか数年の間に、髄膜炎がほとんど起きなくなっています。


ロタウイルス胃腸炎に対しても予防接種が必要ですか?
【図2】ロタウイルス胃腸炎の疫学 (日本)

 世界保健機構(WHO)の調査では、2008年には世界中でロタウイルス感染症により45万3000人もの5歳未満の子どもたちが死亡しています。その死亡症例の多くは発展途上国に集中していますが、ロタウイルスは衛生状態に関係なく先進国においても発展途上国と同じように5歳までにほとんどの子どもたちに感染します。
 わが国では年間約80万人が外来を受診し、そのうちの約8万人が入院を必要とし、その年齢のピークは生後12〜24カ月です(図2)。ロタウイルス胃腸炎は冬場に流行し、嘔吐(おうと)、下痢(げり)、発熱などにより重度の脱水症を来します。合併症としては脳症、けいれん、腎不全などがあります。特に脳症の予後は不良で、約40%の子どもたちに重篤な後遺症を残すため、決して「単なる嘔吐下痢症」と軽視することはできません。ロタウイルスワクチンの高い予防効果と安全性は世界中で実施された大規模な臨床試験で確認されています。ロタウイルスワクチンは生後6週間目から接種可能ですが、⑴生後24週までに2回の接種を完了すること ⑵生ワクチンであるため次のワクチンまで27日間以上空ける必要があること などから、接種スケジュールを組む上で十分に注意しないと乳児期早期の予防接種を完遂するのが困難になる場合があります。実際には、ヒブワクチンや肺炎球菌ワクチンと同じく生後2カ月からの同時接種が勧められます。


どのようなスケジュールで受ければいいですか?
【表1】米国における0-6歳の予防接種スケジュール(2012年)

 ワクチンによる感染症予防を積極的に行っている米国では、定期接種のワクチンの数が日本よりもかなり多いにも関わらず、効率よく複数のワクチンを同時に接種すること(生後2カ月目にはヒブ、肺炎球菌、三種混合、ロタウイルス、不活化ポリオ、B型肝炎の6種類のワクチンが定期接種として同時に接種されます)、加えて接種スケジュールを非常にシンプルにすること(出生時、生後2・4・6カ月目など)で高い接種率が維持されています(表1)。
 一方日本では、これまでは乳児期の定期接種が少なく、BCGやポリオワクチンが集団接種だった経緯から、複数同時接種の経験は少なく、単独接種が行われることが通常でした。しかし、ここ数年でヒブ、肺炎球菌、ロタウイルスの各ワクチンが開始となり、 ⑴おのおの短期間に複数回の接種が必要であること ⑵接種と接種の間は一定の間隔をあける必要があること ⑶予定されたスケジュール中に発熱などで体調を崩し延期となった場合は、以後のすべてのスケジュールの再調整が必要となること などから、単独接種のみでは必要なワクチン接種を完遂するのは非常に難しいものとなり、同時接種の必要性が大きくなってきました。私どものセンターで実際に行っているスケジュール例(表2)を示します。この方法では生後2カ月目からヒブワクチン、肺炎球菌ワクチン、ロタウイルスワクチン、B型肝炎ワクチン(WHOはすべての新生児にB型肝炎ワクチンを接種するように勧告しています)を同時に開始し、以後は順次、効率よく予定のワクチンを接種していきます。


【表2】当センターでの乳児期の予防接種の実際


ワクチンの安全性は?同時接種は問題ありませんか?

 欧米では、ヒブワクチンは約20年前から、肺炎球菌ワクチンは約10年前からすでに定期接種として多数の子どもたちに接種されており、安全性には問題ないことが分かっています。接種部位のはれ、発熱などの軽微な副反応はしばしば経験されますが、その頻度はこれまでに日本で行われている他のワクチンに比べて特に高いわけではありません。死亡などの重篤な副反応は、すでに日本で行われているワクチンと同じく極めてまれであると考えられています。
 日本では昨年、ヒブワクチンと肺炎球菌ワクチンの公費負担開始後に死亡報告が複数例続き、ワクチンの副反応が疑われたために一時的に接種見合わせとなりました。今回の新しい助成制度の下では、ヒブ、肺炎球菌、子宮頸がんの各ワクチン接種後に何らかの有害事象が生じた場合は、「ワクチン接種との因果関係の有無に関わらず、接種医療機関に対してすべての報告義務が課してある」ために、関係のない症例も含めた死亡報告が短期間に続けて出たものと推測されます。その後の検証において、肺炎球菌ワクチン及びヒブワクチンの接種と死亡との間に、直接的で明確な因果関係は認められないと結論づけられ再開となりました。
 ヒブや肺炎球菌のワクチンを行う時期の生後2〜6カ月においては乳幼児突然死症候群(近年は減少してきていますが、未だに年間約150人の報告があります)が起きやすい時期に重なるため、この時期におけるワクチン接種後の一定期間内の死亡については、ワクチン接種との因果関係の有無を慎重に判断する必要があります。
 同時接種に関しては、諸外国では必要なワクチンを適切な時期に適切な回数接種するために普通に行われており(表1)、同時接種でも抗体獲得率や副反応の発生率は単独接種と同程度とされています。日本でも複数同時接種に関するいくつかの臨床研究が行われていますが、その安全性は非常に高いとの結果が出ています。


予防に優る救急医療はありません

 私どもの病院では毎年2万人を超える子どもたちが救急外来を受診されますが、その中にはワクチンで予防できたはずの感染症によって、治療のかいなく命を落としたり、重篤な後遺症を残したりする子どもたちが少なくありません。ご家族の悲しむ姿を見るたびに、ワクチンの重要さを痛感させられます。大事な赤ちゃんが生後2カ月になったら必ず、ワクチンを最初のプレゼントとして贈ってあげて下さい。


今回執筆いただいたのは
熊本県予防接種センター
熊本地域医療センター
小児科
柳井 雅明医長
・医学博士
・日本小児科学会専門医
・日本渡航医学会認定医療職