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「あれんじ」 2012年2月4日号

【四季の風】
第16回 立春

めぐりくる季節の風に乗せて、四季の歌である俳句をお届けします。

ガラシャ廟綿虫ほうと放ちけり

 俳句は季節にちょっと先駆けてうたうのが、コツ。春には「春隣(はるとなり)」や「待春(たいしゅん)」という季語があって、春待つ思いが詩になる。たとえば、

春隣一木(いちぼく)歩み来るごとし      中正(以下同じ)

のように、一本の木も待春の思いに歩みはじめるのである。
 そして、今日二月四日は立春。冬枯れの野も少しずつ青くなることを「下萌(したもえ」」といい、この青草を踏んで散歩することを「踏青(とうせい)」という。

天上へ道あるごとく青き踏む    
文芸に身捨てんとして青き踏む   

 春立つと思えば足が向くのが、立田自然公園(泰勝寺)。熊本大学の私の研究室から歩いてすぐ。園内に入ると、沼に面して小さな梅園がある。沼はやっと凍解(いてど)けだが、百花に先駆けて紅白の梅が咲いている。

紅梅は語り白梅聞いてゐる     

 さらに左手の高みへ上ると、私の大好きな山茱萸(さんしゅゆ)の黄色の小花が咲きそめている。明るい花だが、先駆けは少し淋しげだ。

さきがけはいつも孤独の山茱萸黄  

 そこから左へ曲がると細川家歴代の御廟(ごびょう)で、ガラシャの墓もここにある。立春の日が射して、戦乱の世に果てたガラシャもここに安らいでいる。さっきから私の身ほとりに舞う白い綿虫は、まるでガラシャの魂のようだ。

ガラシャ廟綿虫ほうと放ちけり

 さらに右の竹林の奥の湧水の底には、蝌蚪(かと)(おたまじゃくし)の卵が紐状になってひそと沈んでいる。

水よりも無心にありぬ蝌蚪の紐   

 本当の春までは、もう少し。

※山茱萸…ミズキ科の落葉小高木