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「あれんじ」 2012年2月4日号

【熊遊学(ゆうゆうがく)ツーリズム】
意外な話に驚くことばかり! 柔らかい「岩石学」

 先端の研究者をナビゲーターに、熊本の知の世界を観光してみませんか!
熊本大学を中心に地元大学の教授や准教授が、専門の学問分野の内容を分かりやすく紹介する紙上の「科学館」「文学館」。それが「熊遊学ツーリズム」です。第15回のテーマは「岩石学」。さあ「なるほど!」の旅をご一緒に…。

【はじめの1歩】

 子どものころ、河原の石を集めたことがあって、世の中には美しい石がたくさんあることは知っているつもりでした。でも「岩石学」という学問になると、石のコレクションとは別次元の話です。いったいどんな堅い話が飛び出してくるのか、恐る恐るドアを叩きました。


Point1 変成岩は水の石?
【図1】岩石採集の様子

 岩石を大きく分けると、堆積岩、火成岩、変成岩の3つに分類されますが、中でも地球の循環作用によって作られる変成岩には、地球生成の記録が残されています。それを顕微鏡で分析したり、実験室で地球内部と同じ高圧下での反応を見たりして、地球の成り立ちを研究するのが熊本大学大学院自然科学研究科の西山忠男教授の「岩石学」です。
 岩石と言うと、地表に現れている冷たい石の塊だけを考えてしまいがちですが、岩石は固体とは限りません。
 「変成岩は、鉱物とその隙間にある水溶液みたいなものの集合体」と西山教授は言います。鉱物の結晶構造の中には水が含まれています。鉱物が熱分解するとその水が放出され、さまざまな成分を溶かしこみます。その水溶液が高温になると、水と水蒸気が区別できない臨界状態を超えるため「超臨界流体(変成流体)」となります。それが鉱物と化学反応を起こして、変成岩を作ります。
 地下深くでは、予想もつかないドラマが繰り返されているのです。


Point2 長崎でのヒスイ発見
【図2】西山教授が学生時代に発見したヒスイ

 西山教授は九州大学4年生のころ(昭和52年)、卒業論文のために長崎県の西部に位置する西彼杵(そのぎ)半島を調査していた時、長崎市三重町の海岸で淡緑色のヒスイを発見しました。 
 変成岩の一種であるヒスイが世界的にもまれにしか採れない理由は、低温(といっても300〜400度)で高圧という、非常に限定された条件下でしか生成されないからです。普通は高圧の場所は高温になってしまいますが、地球表面のプレートが沈み込む「沈み込み帯」と呼ばれる境界一帯では、プレートが冷たいために地下30キロぐらいまで沈んでも比較的低温が保たれ、ヒスイが生成されます。それが比重の軽い蛇紋岩(じゃもんがん)に取り込まれて再上昇してくるのです。そこで、ヒスイが採れるのは、これらの条件に合ったミャンマーやグアテマラ、メキシコ、カリフォルニア、日本などの環太平洋造山帯に限られています。
 現在、三重町のヒスイは長崎県の天然記念物に指定されており、西山教授が採石したサンプルは長崎の少年科学館に展示されています。


Point3 さらに、長崎での世界的発見

 その後、西山教授の研究グループは、三重町の北側にある琴海町(きんかいちょう)の小さな沢で、世界的に珍しい石英入りのヒスイを発見しました。
 ヒスイは、岩石の割れ目やすき間に入り込んだ変成流体が沈殿してできると考えられています。ところが、琴海町で発見されたヒスイは変成流体からではなく固体の状態で直接変化してできたものでした。曹長石(そうちょうせき)という岩石が、ヒスイ輝石と石英に分解するという化学反応でできたと考えられ、その証拠に石英が含まれていたのです。
 それまで石英入りのヒスイがなかったために学界の理解を得るのに時間を要しましたが、やっと最近になって学問的に貴重な発見だと世界的に認められました。


Point4 熊本での貴重な発見も真近!肥後変成岩

 熊本にも珍しい石があります。「肥後変成岩」という岩石で、松橋(宇城市)から甲佐(上益城郡)にかけて東西に細長く分布しています。
 「昔は、この一帯(肥後変成帯)が中国大陸の一部だったのではないか」というのが、西山教授の仮説です。
 現在の中国大陸は、北中国地塊と南中国地塊が衝突してできたものです。この2つの大陸が衝突した「大陸衝突帯」は、中国の中央付近を東西に走り、山東半島までつながっています。その先は北朝鮮に延びていると考えられますが、調査ができないためまだ断定はできません。「それが折れ曲がって、肥後変成帯につながっているのではないか」というのが西山説です。昔の肥後、つまり九州は、今よりもっと北にあり、北朝鮮に近かったのではないかと西山教授は考えています。
 日本の変成岩は、ほとんどが約1億年前にできたものですが、肥後変成岩にはそれより古い2億5000万年前に変成作用を受けた形跡があるというのです。これは、中国の大陸衝突帯と同じ時代なのです。それが証明されれば、九州がどのようにしてできたかを解明する緒にもなります。
 現在、肥後変成岩に複数の学者が注目していますが、超高圧の変成の証拠を発見して、大陸との関係を立証する可能性が一番高いのは西山教授だと言われています。


【なるほど!】

 「岩石は固体とは限らない」「変成岩は水の石」…、意外な話に驚くことばかり。あ〜、岩石は生きているんだ、地球は生きているんだ、と納得。私たちも地球の、宇宙の一部なんだと実感しました。


【メモ1】 ザクロ石が見られる世界一美しい場所

 石に魅せられ、美しい石を求めて世界中を回ってきた西山教授が「世界一美しい場所」と太鼓判を押すのは、ザクロ石という変成岩が見られるノルウェーの海岸です。
 日本で採れるザクロ石は鉄が入っているものが多く黒っぽいのですが、ノルウェーのザクロ石はマグネシウムが多いために鮮やかなワインレッドだそうです。
 海岸の岩場で、直径数ミリから1センチのザクロ石が、明るいグリーンの輝石(きせき)の中に散らばる風景は、夢のようだったとか。
 その海岸は私有地で、あまり大勢の人が採りに来るので現在は立ち入り禁止になっており、西山教授は研究のため特別に入れてもらったそうです。  


【メモ2】岩石学から生まれた小説

 地質調査をしていると、その地域独特の風土に触れる機会も多く、西山教授はその折々に感じたことを題材に、研究の傍ら小説も書いています。
 2003年には長崎の隠れキリシタンの里を舞台にした長編小説「オラビ瀬の洞門」(櫂歌書房)を、2004年には西海に臨む山岳(西彼杵半島高帆山)にまつわる伝説を背景にした歴史ロマン小説「孤峰の蝶 西海古譚」(文芸社)を出版。後者は、熊日文学賞の候補にもなりました。
 三作目は現在執筆中で、熊本が舞台だそうです。


【メモ3】人類は石から生まれた?

 「石を調べることで、地球の歴史をはじめ多くのことが分かります」と、西山教授は語ります。「極論ですが、人類も石から生まれたんですよ」
 地球は、微惑星や隕石の衝突で大きくなり、原始惑星から原始地球となり、大気と海洋が生まれました。隕石同士が集まってくる衝撃で、岩石中の水が熱分解によって蒸気となって出てきたものが集まり、空気や水になったのです。
 「そして、海から生命は生まれたのですから、われわれが石から生まれたと言っても過言ではないでしょう」。西山教授は、学生への最初の講義でこの話をするそうです。
学生たちも初めはびっくりしますが、説明を聞けば納得するそうです。
 「人間は、亡くなればまた地球と一体化する。地球は巨大な物質とエネルギーの集積体です。だから、地球は生きていると言えるのです」


ナビゲーターは
熊本大学大学院
自然科学研究科(理学専攻)
地球環境科学講座
西山忠男教授

地球は生きています。
岩石学とは、
その進化の過程をたどる学問です。