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「あれんじ」 2012年1月7日号

【慈愛の心 医心伝心】
【第十九回】石割桜

女性医療従事者によるリレーエッセー 【第十九回】

【第十九回】石割桜
公立玉名中央病院
小児科部長 
米峰かず子

 浅田次郎作「壬生義士伝」は、江戸末期の南部(私の故郷、岩手)が舞台である。
 主人公の吉村寛一郎は毎年春の初めに藩校の子らと山に登り「南部盛岡は北の涯にあり実りも少ない。西国の子と伍して身を立てるのは並大抵のことではない。盛岡の桜は石を割って咲き、こぶしは春に先駆け北に向いて咲く。南部の子ならみごと石を割り、北に向いて見事な花を咲かせてみろ」と諭す。
 私は吉村の言葉の中に、教育(子育て)の大事な要素が含まれていると考える。北国に育った私たちには風景と相まって、すんなり受け入れることのできる言葉である。厳しい自然環境が目の前にあり、生きるために寒さに耐えることが強いられた。しかし一方で、その環境ゆえ困難に立ち向かう精神力が培われたとも思う。少々の困難に負けない精神力である。
 そのような事を考えると現代は、いたる所物があふれかえり、エアコンの効いた部屋があり、夜も昼同様明るく、食べるに事欠かない。このような環境にあっては多くの子どもたちは、あえて努力しようという意欲も湧かないのではないか。ならば私たち大人には、意識的に物はやたらに与えず、少々の暑さ寒さを我慢させる環境をあえて作る努力も必要だと思う。子どもも大人も共に心を鍛える。
 これまで同様の成長が望めない日本にあっては「石割桜・こぶしの子」を育てることはさしせまった課題と思うが、どうだろうか?