肥後医育塾公開セミナー

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平成18年度 第3回公開セミナー「がん予防のために?女性のためのがん検診、がん予防」

【講師】
熊本大学大学院医学薬学研究部乳腺内分泌外科学分野教授
岩瀬 弘敬

『「増加する乳がん?診断から治療まで?」』
手術小さく乳房温存も


   乳がんは一九九〇年ごろから、日本女性のがんの中で、罹患(りかん)率トップを続けています。罹患年齢も他のがんが五十代以降にピークがくるのに対し、家庭でも社会でも中心的役割を担っている四十、五十代の発症が多くなっています。

 英国、米国では乳がんによる死亡率が一九八〇年後半から減少に転じました。画像診断技術の進歩による早期発見と薬物治療の発達がその背景にあります。

 乳がん検診では、視触診とレントゲンを用いた乳房専用のX線撮影装置・マンモグラフィ、超音波検査があり、診断の三本柱といわれています。視触診はしこりに触れる検診で、自分でもできます。マンモグラフィは触診では触れない早期のがんが発見できるとても大事な検査です。良好な画像を得るために圧迫が必要で、時に痛みを感ずることもありますが、ぜひ一度は検査を受けてください。超音波検査も有用で、マンモグラフィと組み合わせれば、より正確に画像による診断ができます。

 これらの検査で乳がんの疑いがあった場合は、次にしこりの細胞を採り、その形や配列を見ます。細胞診と画像診断が一致して初めて、乳がんの診断が下されます。

 乳がん治療は大きく変わりました。治療法の発達で生存率も高くなってきました。以前はどんな小さながんでも乳房を切除していましたが、十五年ほど前から初期であれば乳腺を部分的に切除し、乳房を温存する手術が多く行われるようになってきました。早期発見により、手術も小さくて済むようになっているのです。現在は乳房温存術と放射線療法との併用が標準となっています。

 乳がんになると腋(わき)のリンパ腺も切除していました。しかしリンパ腺に転移がない人には不要ですし、切除後は腕がはれたり腋の感覚が鈍くなるなどの合併症が出ることもあります。そこで最近は「センチネルリンパ節生検」という方法が取られるようになっています。これは乳がんが転移したときに、まず症状が現れる“見張りリンパ節"というものを基準にし、転移が認められなければ、腋のリンパ節はそのままにしておく方法です。

 乳がんの治療に大きくかかわっているのが、ホルモン療法です。乳がんの大部分は女性ホルモンのエストロゲンにより増殖します。つまり、それを抑えてやればいいのです。エストロゲンが受容体に結合するのを防ぐ抗エストロゲン剤、閉経前の女性の脂肪の中でアンドロゲンがエストロゲンに変わる酵素(アロマターゼ)を阻害するもの、閉経前の女性にはエストロゲンを分泌する下垂体の刺激を抑えるものなど、さまざまなホルモン療法があります。副作用もありますが、抗がん剤に比べるととても弱いものです。

 抗がん剤による化学療法も高い効果を挙げています。通常は手術後に行うのですが、最近、手術前に行ったところ、がん細胞の固まりが消えたり、小さくなったりした人が80%も見られたのです。このほか、がん細胞が持つ増殖因子や血管増生因子などのミクロな分子にターゲットを絞り、その働きを止めて、がんの進行をストップさせる分子標的治療薬も開発されています。

 乳がんの手術はどんどん小さくなっています。そして、さまざまな薬物療法が開発され、効果を挙げています。いまや乳がんは早期に発見すれば、乳房を温存し、命に別状なく、完治できるがんになっているのです。