肥後医育塾公開セミナー

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平成29年度 第2回公開セミナー「正しく知ろう乳がんのこと」

【講師】
熊本大学大学院生命科学研究部乳腺・内分泌外科学分野准教授
山本 豊(やまもと ゆたか)

『講演A 乳がん治療はこんなに変わった』
普及しはじめた乳房再建手術 最適な薬物療法で治療効果向上


   初診の乳がん患者の約95%は手術が可能です。そのうち約70%が適切な治療により治癒され、残り30%に再発がみられます。
 1980年代の乳がん手術は、乳房だけでなく、その下の大胸筋も全部切除する「ハルステッド手術」(胸筋合併乳房切除術)が全体の4分の3を占めていました。90年代には大胸筋を温存して乳房全体を切除する「全摘」(胸筋温存乳房切除術)が主流になりますが、その後は、乳がんとその周囲の正常な乳腺組織をとり、乳房を温存する「部分切除」(乳房温存手術)が主流になり、さらに、最近では乳房の再建を前提とした手術である「単純乳房切除」(皮膚温存・乳頭乳輪温存乳腺全摘術など)が普及しはじめ、乳房温存手術は現在、減少し始めています。
 この減少が意味することは、乳房全摘が望ましい人に対し、以前は本人の希望により、無理をして乳房温存手術を行っていたものが、乳房再建術式の普及により、乳房温存手術が減ってきたと考えられます。
 腋窩(えきか)の手術には、脇の下のリンパ節を周囲の脂肪と一緒に切除する「腋窩リンパ節郭清(かくせい)術」と、がんが最初にたどり着くリンパ節だけを取って、転移を調べる「センチネルリンパ節生検」があります。もし、センチネルリンパ節に転移がなければ、周囲のリンパ節を切除せず温存します。
 乳がん手術の後遺症には、美容的な問題のほか、腕の腫れ、腕の痛みやしびれ、腕が挙げにくいなど、腕に関する問題があります。これらは腋窩リンパ節郭清に伴う後遺症といえます。センチネルリンパ節生検を行っても少しは後遺症が起きますが、その頻度には大差があります。
 現在は、センチネルリンパ節に転移があっても2ミリ以下の微小転移の場合は取らなくてよいということになり、また、2ミリ以上の場合もリンパ節郭清でなく、後遺症の確率がその半分の放射線治療を受けることもできます。
 薬物療法には3つあります。1つ目は、がん細胞の遺伝子に傷をつけたり、がん細胞が分裂できないようにしてがん細胞の増殖を抑える抗がん剤治療(化学療法)。2つ目は、エストロゲンという女性ホルモンの働きを抑えるホルモン療法(内分泌療法)。3つ目は、がんの成長や転移に必要な分子を狙い撃ちにする分子標的治療です。
 現在は、薬が効きそうな人に対し、適切な薬物療法を選択できるようになりました。それにより、高い治療効果が期待できるだけでなく、無用な治療を減らせるようにもなりました。
 このような乳がん治療の進歩は、多くの患者さんが臨床試験に参加し、今の最良の治療である標準治療を作り上げてきてくれたおかげです。臨床試験は、研究者や製薬会社のためでなく、患者さんたちのためにあるのです。機会があれば臨床試験に参加していただき、明日の医療を患者さんと共に作っていければと思います。