肥後医育塾公開セミナー

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平成27年度 第2回公開セミナー「感染症新時代」

【講師】
国立感染症研究所ウイルス第一部 部長
西條 政幸

『〈講演@〉ウイルス性出血熱ってどんな病気? 〜身近に存在する重症熱性血小板減少症候群を知る〜』
ウイルス感染症に対する理解広め 早めの検査・診断体制の整備図る


   皆さんは日本脳炎をご存じだと思います。蚊が媒介する感染症ですが、ロシアやヨーロッパ地域では日本脳炎に似た症状を起こすマダニ媒介の病気があります。この病原体でダニ媒介性ウイルスと呼ばれるウイルスは、日本に存在するとは考えられていなかったのですが、1993年10月下旬、北海道で患者の発生が確認されました。

■独自に進化するウイルス
―SFTS
 マダニが媒介するウイルス感染症の一つに、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)があります。2011年に日本で発表されましたが、中国の湖北省と河南省の山岳地帯で流行していた比較的特徴のある感染症として発見されました。致死率が12%と大変高く、高熱、下痢、消化器症状、全身の倦怠(けんたい)感などの症状が特徴です。
 12年の秋には、海外渡航歴のない山口県の女性が高熱、全身倦怠感、吐き気などの症状で病院を受診しました。その後も4日間高熱が続き入院したのですが、血液中の白血球が正常値下限の10分の1に下がり、四肢脱力やけいれんなど症状が進み、入院3日目に亡くなりました。その血液からSFTSウイルスが見つかったのです。
 翌13年1月に、厚生労働省が全国の医師に情報提供を呼びかけたところ、23人分の情報が集まりました。血液検査の結果、そのうちの10人がSFTSと分かり、山口の患者を含め6人が亡くなっていました。
 日本のSFTS患者のウイルスを調べると、中国のSFTSウイルスとは異なる遺伝子配列をしていました。つまりこれらのウイルスは、中国と日本で独自に進化を遂げたわけです。中国から日本に入ったわけでも、日本から中国に渡ったわけでもありません。
 日本のSFTS患者は13年に41人、14年に61人。今年15年は約60人の患者が報告されています。致死率は約30%と極めて高く、九州・四国・山陰・山陽・紀伊半島で患者が発生しています。

■拡大の背景に院内感染
―MERS
 SARSコロナウイルスを病原体とする感染症、重症急性呼吸器症候群(SARS)は、03年に中国を中心に世界中で流行しました。致死率は約10%。香港のホテルに宿泊した一人の中国人があるフロアでおう吐し、たまたま同じフロアにいた人たちに感染しました。その方々は自国に戻った後でSARSを発症し、それぞれが入院したベトナム、シンガポール、カナダの病院で院内感染が発生しました。このようにして世界的な規模で流行が起こりました。
 12年9月以降、サウジアラビアやアラブ首長国連邦など中東地域では、中東呼吸器症候群(MERS)が流行しました。致死率は約40%に上ります。SARSと類似するものの、性質の異なるコロナウイルスと呼ばれるウイルスが病原体で、ヒトコブラクダが保有宿主(感染源動物)であるとされています。15年には韓国で比較的大きな流行が起こりました。その広がり方はSARSと同じように院内感染でした。ちなみに、日本の動物園にいるラクダは全て陰性です。
 動物のウイルスは通常、人間に感染しにくく人から人への感染も起こりにくいものの、MERSの場合10人に1人程度の割合で、人への感染力が非常に強い「スーパースプレッダー」と呼ばれる感染者がいるので注意が必要です。
 これらのウイルス感染症はなくなることはありません。ただ、動物由来の感染症が世界規模で拡大する「パンデミック」の状態になることもありません。国立感染症研究所ではこのような感染症に対しても、知識の啓蒙に努め、また、早めに診断できる体制を迅速に整備していきたいと考えています。