肥後医育塾公開セミナー

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平成22年度 第1回公開セミナー「脳と頭頸(とうけい)部のがんを考える」

【講師】
熊本大学大学院生命科学研究部顎口腔病態学分野教授
篠原 正徳

『舌がん、下顎(かがく)歯肉がんの症状と治療法について』
味覚や嚥下(えんげ)などに障害 手術後の再建が重要


   口の中にできるがんを「口腔がん」と総称しますが、発生場所によって、さらに細かく呼び分けています。舌にできるがんを舌がん、舌と歯ぐきの間にできるがんを口底(こうてい)がん、歯ぐきのがんを歯肉がん、ほおの内側の粘膜にできるがんを頬(ほお)粘膜がん、口内の上部にできるがんを硬口蓋(こうこうがい)がんといいます。今回は、口腔がんの半数以上を占める舌がんと、下あごにできる下顎(かがく)歯肉がんの2つに絞ってお話しします。
 舌がんは舌の側縁(そくえん)部(横側)に多く、舌背(ぜっぱい)部(上側)には少ない傾向があります。舌の表面がこぶ状に膨らむ、しこりになる、潰瘍(かいよう)ができる―など症状はさまざま。がんは周囲組織に進展しやすく、転移したりします。進行すると味覚障害や咀嚼(そしゃく)(かみ砕く)障害、さらに嚥下(えんげ)障害(食物を口腔から胃に送り込む「嚥下機能」の障害)をはじめ、いろんな障害が出てきます。早期に発見すれば治癒率は非常に高いですが、転移が見られるようになると治癒率が50%程度に下がってしまいます。
 下顎歯肉がんは、歯を支える歯槽(しそう)骨を覆う歯肉上皮に起きるがんです。進行すると骨の中にも浸潤し、歯槽骨が破壊されるため注意が必要です。さらに、下顎歯肉がんにはがんに類似する疾患も多いため、歯肉に異常を認めた方はぜひ、口腔外科で診察してもらってください。
 がんは正常の粘膜から突然がん化するよりも、がんになりやすい病的状態を介してがん化することが一般的です。この病的状態を「前がん病変」と呼びます。舌や歯肉の一部が白くなる白板(はくばん)症や、舌の一部が赤くなる紅板(こうばん)症などがあります。この段階で治療すれば、処置も簡単に済み、言語・味覚などの機能障害のリスクが少なく済みます。
 舌がん、下顎歯肉がんとも、がんの広がり方には基本的な型があります。表面的に広がる表在型、外方に増殖する外向型、内方に浸潤する内向型の3つです。そして、それぞれのがんの特徴に合った的確な治療が求められます。そのため、しっかりとした病理検査が重要になります。
 診断にはCTやMRI、PET―CTなど複数の検査が用いられ、最近は「センチネルリンパ節生検」という検査も行われます。頸部リンパ節への転移を精査する検査です。
 治療は、手術、抗がん剤による治療、放射線治療が主で、口腔がんの治療では、病気を完全に治すことと機能保全との両面が重要です。そのため、まずは放射線と化学療法を併用し(術前治療)、腫瘍をある程度小さくした後、手術で切除するやり方を主に採用しています。
 口腔がんの5年生存率は75%前後です。それだけに、治療後の患者さんのQOLを考え、手術後の再建が重要です。例えば、下あごの骨を切った後は、金属のチタンを使うか、本人の骨、例えば肩胛(けんこう)骨を使ってあごの骨を再建します。移植骨で再建した下あごにインプラントを入れ、再び歯でかめるようになったケースもあります。口腔機能をがんになる前の状態に戻すことは簡単ではありませんが、私たちはそこまでを含めて、がんの治療と考えています。