肥後医育塾公開セミナー

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平成18年度 第2回公開セミナー「水と体の環境」

【講師】
信州大学医学部救急集中治療医学講座教授・同大学医学部付属病院救命救急センター長
岡元 和文

『「高齢者の水分代謝の問題とスポーツ」』
加齢で鈍る機能と感覚


   三十六億年前、原始生命体は水の中に誕生しました。人は水と共に生き、水と共に進化してきたといっても過言ではありません。水は体の中を自由に移動しています。人体の60%が水ですが、そのなかで血管の中の水は体重の5%に相当。例えば交通事故で出血し、血液が足りなくなると血圧が下がります。すると細胞や組織間から水が血管内に移動することによって、血圧を下げないようにしようという動きが出てきます。水は人体の恒常性を維持する大切な役割を果たしているのです。

 人は一日にどれほどの水分を失うのでしょうか。一般的に尿として体重当あたり一時間に一??失います。五十?の人では尿で一時間に五十??、二十四時間で千二百??の水分を尿として失います。そのほか、皮膚表面からの蒸発や呼気などで七百??、大便の水分として百??、これらのすべてを合わせると五十?の人で二千??ほど毎日水を失っています。体重に四十??をかけてみましょう。個々の人が1日に失う水分量です。この水分を補わないと脱水症状を起こしてしまいます。

 人の血液の温度は三七度です。この温度で体は最もうまく働けるようになっており、高くなっても低くなっても体が動かなくなります。人体は三七度以上の熱を出していますが、熱かったら汗を出すなどして三七度に保つようになっています。運動して汗が出ないのは異常で、放熱できないと体内に熱がたまる“うつ熱"になってしまいます。さらに進むと熱中症になってしまいます。

 高齢者は熱中症になりやすいことがよく知られています。高齢者は熱に対する感覚が鈍く、体の中の水分が減少して血液中のナトリウム濃度が上昇してものどの渇きが起こりにくいからです。従って、高齢者は脱水を予防するためには時間を決めて小まめに水を飲む心掛けが大切です。

 運動時の熱中症の予防としては?気温が三五度以上になったら運動しない?三一度では厳重注意が必要です。激しい運動はせず、積極的に休憩をとり、体調不良のときは運動自体を避けましょう?暑いときは軽装で運動前後の体重減少は高齢者では〇・五??以内にすることが大切です。熱中症の応急手当を覚えましょう。一過性の失神や熱けいれんの場合は体を横たえ、木陰で休み十分な水分を補給しましょう。熱中症は死ぬこともあります。意識障害や熱があるときにはすぐに救急車を呼んだ方がいいでしょう。

 高齢者は心臓や肺、肝臓、腎臓の機能が低下し、異常を感知する体のセンサーも鈍くなっています。また心臓や肺などの予備力は少なく、急に悪化し重症化しやすい傾向があります。異常事態の発見と診断も遅れがちです。

 推定では七十歳以上の高齢者で入浴中に死亡する人は、本邦で年間一万人以上にも上ります。高齢になると熱さを感じるセンサーが鈍くなっているからです。高齢者は長くお風呂に入っていても体温上昇に気づかないのです。お風呂の中でうつ熱を起こし、重症熱中症を起こし意識がなくなり水死します。また、脱水による血液濃度の上昇で脳卒中や心筋梗塞(こうそく)を起こしてしまうのです。お風呂は体を洗う時間も含めて三十分以内で切り上げ、入浴後は血液が濃縮していますので水を取るなど心掛けてください。

 不測の事態に陥ったときの対応をぜひ知っていてください。心筋梗塞や脳卒中は発症して三時間以内であれば場合によっては元の体に戻れます。しかし三時間以上たったら大変です。救急時は時間が勝負なのです。三つのポイントがあります。?「あっ」と思って肩をたたいて反応がなかったらすぐに119に電話し、救急車が到着するまであご先を二本の指で持ち上げてください。息が楽になります。?息をしているか確認し、息をしていなかったら口から口への人工呼吸を行います。あごを持ち上げながら息を吹き込んでください。?動かず、呼吸もしていず、たたいても反応がない場合は、遠慮なく心臓マッサージを行ってください。乳首と乳首の真ん中を胸が四?から五?へこむくらいの力で一分間に百回のスピードで圧迫します。心肺蘇生(そせい)法の訓練を受けた人は心臓マッサージ三十回ごとに人工呼吸を二回加えてもよいでしょう。

 救急車の到着まで平均七分かかります。心臓停止直後に除細動器の適応があれば心臓は100%蘇生できます。しかし一分後だと10%、二分後で20%、三分後で30%の人が手遅れになり、十分たつと100%蘇生は難しくなります。救急車が到着するまでの七分間、心臓マッサージを続けていると蘇生率を30%以上に改善できます。人工呼吸したくなかったら心臓マッサージだけで構いません。心臓マッサージを行えば何もせず放置しているよりも助かる確率は高くなります。

 窒息で息ができない人を見つけたら、意識があれば咳をさせてください。意識がなければ背中をたたいてください。続いて、へその上に腕を回してぐっと引き上げるハイムリック法を行い、お腹に圧力をかけることでのどに詰まっているものを出してください。もしケガをしたら出血部をハンカチなどで圧迫してください。やけどのときは水でどんどん冷やしてください。骨折のときは安静にして曲げたりしてはいけません。このように症状ごとの応急処置を知っていれば、いざというとき慌てず騒がず、救急車が到着するまでに適切な処置を行うことができます。