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「あれんじ」 2011年7月2日号

【専門医が書く 元気!の処方箋】
症状が出にくいだけに注意したい 食道がん・胃がんの診断と治療

 毎日、食事をおいしくいただけるのは健康の一つのバロメーターといわれています。その食事をとるために重要な旗ら式をしているのが、食道と胃です。
 今回は、食道がんと胃がんの診断と治療について分かりやすくお伝えします。

はじめに

 食道と胃は上部消化管と呼ばれ、食事をとるために重要な働きをしています。食堂には飲み込んだ食べ物を胃に送り込む働きが、胃には食物をためるとともに唾液や胃液と混和して消化しやすい形にする働きがあります。この領域にできるがんは食事の通過を障害し、栄養障害を来すほか、周囲臓器に転移を起こしたりすることにより生命を脅かします。今回は食道がんと胃がんについての情報をできるだけわかりやすく解説したいと思います。


発生頻度
表1
食道がんと胃がんの頻度

 我が国の食道がんの発生頻度は、2005年の全国統計で、男性は10万人に23.8人、女性は10万人4.1人でした。熊本県では、2006年の1年間に新たに食道がんと診断された数が210人、死亡した数が133人でした。食道がんの主な原因の一つであるお酒を飲む習慣と関係します。焼酎の大量消費地である南九州は比較的食道がんが多い地域です。
 胃がんはかつて日本人の国民病と呼ばれ、長年にわたりがんによる死亡原因の第1位にありました。最近では男性では肺がんに次いで死亡原因の第2位、女性では大腸がん・肺がんについで3位となりましたが、罹患率(かかる人の割合)は男性で第1位、女性では乳がんに次いで第2位を維持しています。2005年の全国統計では10万人当たり男性128.5人、女性56.5人が新たに胃がんと診断されています。消火器のがんを治療する外科においては最も日常的に遭遇するがんの代表選手です。


原因
図1
アルコール代謝酵素の状態と飲酒量による食道がんの危険度

 食道がんの原因としてはっきりしているのは飲酒と喫煙です。特に両者の組み合わせは危険性が高く、タバコを吸いながらお酒を飲むとリスクが増大します。ちなみにアルコール・タバコとも世界保健機関(WHO)によって発がん物質と認定されています。
 最近、お酒の量だけでなく、お酒に弱い体質が食道がんの原因となることがわかってきました。私たちの肝臓にはアルコールを解毒する酵素があり、お酒に強いか弱いかはこの酵素の活性が高いか低いかによって決まります。この酵素の活性は遺伝的に決まっており、日本人の約半数は活性が低下もしくは欠損しています。少量のお酒でも顔が真っ赤になる人はこの酵素の活性が低いのです。最近の研究で、このような人が無理に飲酒を続けると食道がんやのどのがんになりやすいことが分かりました。(図1)
 食道がんはある程度予防できる病気です。生活習慣を見直し、飲酒・喫煙歴が長い人は早めに検診を受けてください。
 胃がんの原因として、かつては塩辛い食事が関係すると考えられていました。近年、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の原因であるヘリコバクターやピロリ(ピロリ菌)が胃がんの大きな原因の一つであることが分かってきました。動物実験でネズミに塩を与えても胃がんは発生しませんが、ピロリ菌に感染させたネズミに塩を与えるとピロリ菌の増殖が促進され、胃がんが発生したと報告されています。すなわち塩そのものが原因ではなく、ピロリ菌を増殖させる作用により胃がんが増えたと考えられます。
 一方、ピロリ菌陽性の患者さんの早期胃がんを内視鏡による粘膜切除で治療した後、ピロリ菌を除菌する群と除菌しない群に分けて経過観察した結果、ピロリ菌を除菌した群では10年経っても新たな胃がんができなかったのに対して、除菌しなかった群では3%に胃がんが再び発生したことが報告されています。胃がんの発生におけるピロリ菌の関与を示した重要なデータです。もちろん胃がんの原因がすべてピロリ菌ではありませんが、ピロリ菌の検査と除菌は胃がん予防の切り札になると注目されています。ただし、現在のところ健康保険では、ピロリ菌の除菌は潰瘍のある方にしか認められていません。


症状

 食道がんの主な症状は飲み込みにくさと食事のつかえです。胸の痛みを訴える方もおられます。しかしながら、このような症状はかなりの進行がんで初めて出現します。早期食道がんのほとんどは無症状です。時に声のかすれ(嗄声)が初発症状であることもあります。これは、食道がんが転移しやすいリンパ節が声を出す神経のそばにあることからでる症状です。病院にかかっても、時として原因不明の嗄声とされることがありますので注意が必要です。
 胃がんもまた症状が出にくいがんです。入り口や出口の近くにできていると食事がつかえる症状が出ることがありますが、多くは無症状です。胃がんに伴ってできた潰瘍の痛みやそこからの出血により発見されることもありますが、治療成績の良好な早期胃がんの多くは無症状ですので、症状がない時に検診で見つけることが大切です。


診断
図2
食道の通常内視鏡(左)とNBI(右)

 食道がん・胃がんともに早期発見に最も適した検査は内視鏡です。通常のバリウムによる]線造影検診で食道がんを見つけるのはほぼ不可能です。現在、食道がんのほとんどは内視鏡検査で発見されています。最近、狭帯域内視鏡(NBI)という技術が開発されました(図2)。これは特殊な色の光を当てて観察する内視鏡ですが、左の写真ではわかりにくい早期がんが右のNBIでは茶色の領域として見えます。NBIはのどから食道にかけての早期がんの発見に有用であり、今後早期食道がんの発見が増加することが期待されます。胃がんの発見においてバリウム造影による集団検診は大きな役割を果たしてきました。しかしながら、早期がんの発見という意味では内視鏡にはかないません。わが国はいつでもどこでも安価にレベルの高い内視鏡検査が受けられる、世界で最も恵まれた国です。この恩恵を最大癌に生かして、食道がんや胃がん命を落とさないようにしたいものです。


治療
図3
早期食道がんに対する内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)

 最近の診断技術・治療手技の進歩に伴い、食道がん・胃がんの治療も多様化してきました。まず、粘膜にとどまっている早期がんに対しては内視鏡による治療が可能となりました。特に内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)と呼ばれる治療法は、範囲の広いがんであっても一括で切除が可能であることから内視鏡治療の成績向上に大きく寄与しました(図3)。
 一方、内視鏡切除の適応とならない早期がんに対しては腹腔鏡や胸腔鏡を使った、からだにやさしい手術が普及してきました(図4)。従来の手術に比べてキズが目立たず、術後の回復も早いことが大きな利点です。
 進行がんに対しては手術と抗がん剤、あるいは放射線治療を組み合わせた集学的治療が行われています。進行食道がんに対しては、切除可能な症例の場合に、手術の前に抗がん剤治療をすることにより予後が向上することが分かりました。また、進行胃がんに対して、手術後に内服の抗がん剤を1年間使用することで生存率が向上することが示されています。近年の抗がん剤の進歩により、従来切除不能と考えられたような高度進行がんであっても、抗がん剤で先に治療することによって切除可能となる症例も経験するようになっています。


図4
胃がんに対する完全腹腔鏡下胃切除


最後に 〜食道がん・胃がんで命を落とさないために

 まず予防が第一です。食道がんの予防には禁酒・禁煙が重要です。特に顔が赤くなる人は要注意です。胃がんの予防にはピロリ菌の除菌が有望と考えられています。次に大事なことは早期発見です。食道がんと胃がんに関しては内視鏡検査が有用です。40歳を過ぎたら年に1回は内視鏡検査を受けましょう。不幸にして進行がんが見つかった場合でも決してあきらめてはいけません。専門医に相談し、最良の治療を受けるようにしましょう。


今回執筆いただいたのは
熊本大学医学部附属病院消化器外科
渡邊 雅之 講師
日本外科学会専門医・指導医
日本消化器外科学会専門医・指導医
日本食道会暫定食道外科専門医