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「あれんじ」 2011年4月2日号

【専門医が書く 元気!の処方箋】
発症や再発を予防 脳梗塞に対する血管の手術

 脳卒中死亡の60%以上を占めると言われる脳梗塞。その治療法は薬物(内科的)治療が基本ですが、最近、脳梗塞の発症や再発を予防できる血管手術が進歩してきました。今回は、「脳梗塞に対する血管の手術」について、お伝えします。

はじめに
【図1】

 脳卒中とは、意識を失うほどの重篤な脳の症状が急にでる病気という意味ですが、その実体は脳血管の血流障害です。
脳血管障害は、

@脳の血管が閉塞して(詰まって)その栄養領域が障害される病気(脳梗塞)
A脳血管が破たんして出血が起こる病気(脳出血、クモ膜下出血など)

に分けられます(図1)。
 日本国内に140万人ほどの患者がいるといわれており、75%以上を脳梗塞が占めます。脳梗塞になりかかったけれど血流が回復して症状がなくなってしまう病気(一過性脳虚血発作、TIA)も脳血管が閉塞する病気に含めますが、このTIA以外はどの病気も、重症となると、麻痺、言語障害、意識障害などの後遺症をもたらし、さらに重症になると生命の危険があります。基本的な治療方法は、脳梗塞には薬物治療(内科的治療)、脳出血には外科的治療が中心となります。
 しかし、脳梗塞の発症や再発を予防できる血管手術が近年進歩してきました。


原因によって異なる手術療法
【図2】

 本来、脳梗塞に対しては急性期(発症から数日以内)に手術を行うことは特殊な場合を除いてあまりありませんが、脳梗塞の再発予防の目的で脳梗塞が十分落ち着いてから手術による治療を行うことがあります。また、脳ドックなどでの検査結果から、脳梗塞の発症の前に予防目的で同様の手術を行うこともあります。
この手術は血管に対するもので、

@完全に詰まってはいない場合に、狭くなった血管を開いて中を掃除することで血管内部を広げる手術
A主要な血管が既に閉塞している場合に血流をほかのところから引いてくるバイパス手術

に大きく分けられます。
 手術を考えるにあたっては、脳梗塞の原因も重要です。脳梗塞の原因には大きく分けて2種類あります。

@はがれた血栓などが流れて来て血管が詰まってしまうこと(塞栓症)
A血管の中が狭くなりすぎて脳の血流が限界以下に低下してしまうこと(狭窄症)

です(図2)。


 この2つの原因による、内頸動脈狭窄症(ないけいどうみゃくきょうさくしょう)と中大脳動脈閉塞症を例に、手術療法を具体的に説明します。


【内頸動脈狭窄症】


【内頸動脈狭窄症】

 脳に入ってくる最も大きな血管が内頸動脈です。頸部(首)の両側部を通るこの血管は、動脈硬化症が起こりやすいことが知られています。この血管は脳へ大量の血流を送っていますが、動脈硬化で血管の内部が細くなり過ぎると脳の血流が低下し脳梗塞を起こす場合があります。また、ある時この動脈硬化の部分から硬化巣の一部や、できた血栓がはがれ、それらが流れて脳の血管に詰まり脳梗塞を起こす場合もあります。
 つまり内頸動脈狭窄症は、血流低下症と塞栓症のどちらからも脳梗塞を引き起こす可能性があり、脳梗塞の患者さんの原因検査を行っていくとこの病気が見つかることがしばしばあります(図3)。

◎内頸動脈狭窄症に対する手術治療
 脳梗塞の発症や再発を予防するために治療が必要です。脳梗塞の予防薬だけで良い場合もありますが、動脈硬化の部位が大きく狭窄が強い場合は狭窄した内腔を広げる手術治療を行います。

頸動脈内膜剥離術(ないまくはくり)(CEA)
 全身麻酔下で頸部の皮膚を切開し、内頸動脈がすべて見えるようにします。一時的に血流を遮断して血管の中を開き、動脈硬化の部分をきれいにはぎ取り、再び血管を縫い合わせて血流を再開します。この手術は血管の内部をきれいに掃除できるという利点がありますが、全身麻酔が必要です。(図4)
【図4】黄色が動脈硬化巣


◎ステント治療(CAS)
 カテーテル(血管内を通す細い管)やステント(金網の筒のようなもの)を使って狭窄した血管を広げます。この治療は、全身麻酔でなくても可能で、体にほとんど傷も残りませんが、動脈硬化の部分を押し広げるだけですので動脈硬化自体は残ります。


中大脳動脈閉塞(または狭窄)症

 中大脳動脈などの脳内の比較的太い血管(内頸動脈も含めて)が、動脈硬化の進行でゆっくりと詰まってしまう場合があります。長期間かけてゆっくりと血流が減少してくる場合には、少しずつ周囲の別の血管から新生血管が伸びてきて(側副血行路)血流が供給され始めるため、最終的に血管が詰まってしまっても梗塞になる部分は少なくて済みます。そのため、小さな脳梗塞で発症し症状が軽くても、よく調べてみると大本の血管が詰まっていたりすることがあります。こういった患者さんでは、脳の血流検査=SPECT(スペクト)検査=を行うと、脳梗塞の範囲よりもっと広い範囲で脳血流が低下しています。これらの脳梗塞とはなっていない血流低下の部分は、言わば水道の水の流れが悪くなっていても少ない水でなんとか生きながらえている部分に相当します。従って、こういった部分にはどこからか新しい水道の供給源を作ってあげれば将来さらに脳梗塞が広がることを予防することができるわけです。
 中大脳動脈狭窄症に対しては、内頸動脈のCEAと同じように血管を開いてきれいにする手術もできますが、いくつかの理由でむしろ危険性が高く、現在はバイパス手術が推奨されています。
◎バイパス手術
 バイパス手術の最も一般的なものは、新しい血流の供給源として頭皮を栄養する血管(浅側頭動脈、STA)を用います。STAを、頭蓋骨を越えて中大脳動脈(MCA)につなぎますので “STA―MCAバイパス”と呼ばれます(図6)。太さ約1ミリの血管同士を顕微鏡を使って縫い合わせます。バイパスが完成すると1分間に50㎖ほどの血流が流れるようになり、術後の脳血流検査では劇的な血流改善がみられます。この手術は将来の脳梗塞巣の拡大を予防することが目的ではありますが、脳血流が改善することで、既に梗塞になってしまった部位の症状が少し良くなる患者さんもおられます。
 バイパス手術をするかどうかの判断には脳血流の検査が非常に重要です(図7)。脳の血管が閉塞していても、上記の側副血行路の発達で血流が全く低下していない患者さんもおられます。こういった方には危険を冒して手術を行う必要性は全くありません。脳梗塞の場合も、症状が落ち着いてからきちんと検査を行い、手術を行った方がいいかどうか医学的に厳密に判断します。

【図7】


 以上の手術は脳の血流を改善するのだから脳梗塞を起こしたらすぐに行えばいいではないかと疑問を持たれる方もあるでしょう。確かにある限られた条件を満たす患者さんには早期に手術を行うこともあります。しかしながら、脳梗塞で壊死に陥った部位にあまり急激に血流が戻ってくると、今度は脳出血の危険が出てくるので、現在のところこういった手術は脳梗塞が落ちついて(3週間以上経過して)行うこととされています。


おわりに

 脳梗塞の発症や再発を防止するための手術法が進歩してはきましたが、いきなり手術に頼るのではなく、まず禁煙の上、高血圧、高コレステロール、糖尿病などの治療・管理を行い予防に努めることが重要です。


今回執筆いただいたのは…
熊本大学大学院
生命科学研究部脳神経外科学分野
森岡基浩 准教授
医学博士
脳神経外科専門医
脳卒中学会専門医
日本脳循環代謝学会評議員