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「あれんじ」 2010年11月6日号

【専門医が書く 元気!の処方箋】
正しく知りたい「認知症」

 近年、認知症に対する社会的関心はますます高まっています。しかし、認知症に対する誤解はまだまだ多く、この誤解が偏見や過度の恐れを生み出しているようです。そこで今回は、認知症と間違えやすい病態やさまざまな認知症、認知症ケアなどについてお伝えします。

◎まずは次の3つの質問が  正しいかどうか答えてみてください。

Q1年を取れば誰でも認知症になる。
Q2認知症とアルツハイマー病は同じである。
Q3脳を鍛えていれば認知症は予防できる。

 1の質問の答えは×です。認知症を引き起こす病気が起こらない限り、いくら年を取っても認知症にはなりません。確かに、年を取ると人の名前や漢字をとっさに思い出せなくなることは誰でも経験します。しかしこれはあくまで老化に伴う変化であって、認知症で起こる病的な機能低下とはその質も程度も異なります。例えば前日の出来事を全く覚えていないような物忘れは、老化では決して起こりません。
 2の質問の答えも×です。認知症は「知的機能の低下により、社会生活に支障が起こっている状態」を示す言葉であり、アルツハイマー病はこのような状態を引き起こす原因となる病気の一つです。認知症を引き起こす病気はたくさんあり、認知症が疑われる場合はその原因を調べることが必要です。
 3の質問も×です。残念ながら若いうちから脳トレーニングを行っていても、認知症を引き起こす病気にかかれば認知症になります。では脳トレは意味のないことでしょうか。歩かなくなると足腰が衰えるのと同様に、頭を使わないと脳の働きは低下します。健康な生活を送るためには脳を鍛えることは十分意味のあることです。


「認知症と間違えやすい病態」

 患者さんが認知症を心配して受診された時、まずその訴えが認知症によるものかどうかを鑑別します。その際に認知症と間違えやすいのが以下の二つの病態です。
 一つ目はうつ病です。「新聞を読んでも頭に入らない」「用事を忘れてしまう」のような認知症様の訴えはうつ病でもよくみられます。うつ病の特徴として、気分が落ち込み憂うつであること、物忘れの自覚が強い割に生活場面での物忘れが目立たないこと、脳の画像検査で異常を認めないことなどがあげられます。うつ病は治療をすれば治る病気ですので、早期に専門機関を受診することが大切です。
 二つ目は薬剤性の認知症です。薬の副作用により、物忘れや幻覚が引き起こされることは高齢者では少なくありません。認知症を引き起こしやすい薬としては、パーキンソン病治療薬、頻尿・失禁治療薬、安定剤・睡眠剤、利尿剤、胃薬などがあげられます。薬剤性の認知症は、薬をやめれば改善します。薬を飲み始めてから認知症が目立ってきた場合は、まずは薬を疑い医師に相談しましょう。


「治る認知症」

 認知症には治療により改善するものがあり、その代表が正常圧水頭症です。脳の内部や周囲を循環している脳脊髄(せきずい)液の流れが悪くなり、頭蓋(ずがい)内に髄液が貯留して脳が圧迫され認知症が引き起こされます。正常圧水頭症は、認知症に加えて、歩行障害、尿失禁を伴います。専門医であれば、CT検査1枚で診断は可能です。治療は、頭蓋内に溜まった髄液を抜くための細い管を、頭からお腹に通す手術をします。最近では腰からお腹へと髄液を抜く手術が開発され、脳を傷つけない利点から主流となりつつあります。正常圧水頭症であれば、手術をすればほぼ確実に症状は改善します。正常圧水頭症以外にも治療可能な認知症はたくさんありますので、認知症が疑われれば、早期に病院を受診しましょう。


「アルツハイマー病」

 アルツハイマー病は認知症を引き起こす病気の中で最も頻度が高く、すべての認知症患者さんの半数近くを占めます。βアミロイドという物質が神経細胞に異常沈着し、神経細胞が破壊されることによって引き起こされると考えられていますが、その原因はまだ完全にはわかっていません。
 アルツハイマー病は、知らず知らずに物忘れが進行するかたちで始まります。初期には物忘れがあっても対人関係や日常生活に支障が出ないため、異常に気づかれないことがよくあります。またこの時期から、お金を盗られたと訴える妄想もよくみられます。経過とともに、数分前の出来事も忘れてしまうほど物忘れがひどくなり、道に迷ったり、家事ができなくなったり、物の使い方がわからなくなったりするなど、日常生活の多岐にわたって支障が起こります。さらに進行すれば、排せつ、食事摂取も含めて身辺動作すべてが障害されるようになります。


「血管性認知症」

 血管性認知症はアルツハイマー病に次いで多い認知症です。脳神経細胞に酸素や栄養を運んでいる血管が詰まったり(脳梗塞(こうそく))、破裂したり(脳出血)して、脳に血液が送れなくなり、神経細胞が死ぬことによって引き起こされます。一旦死んでしまった神経細胞は二度と生き返りませんので、元通りに治ることは困難ですが、新たに脳梗塞や脳出血を起こさない限り基本的に進行はしません。そのため、背景にある高血圧や糖尿病などの生活習慣病をきちんと治療し、喫煙や過度の飲酒を控えて規則正しい生活を送り、脳梗塞・脳出血を予防することが大切です。また、血管性認知症では活動性の低下が強く現れることが多く、日常的な動作をしないことによる機能低下も伴いやすいので、デイサービスを積極的に活用し刺激を与えれば、症状が改善することも少なくありません。


「認知症のケア」

 認知症になったからといって直ちに何もかもができなくなるわけではなく、ましてやその人の人生が終わってしまうわけでもありません。適切な援助があれば、本人も家族も満足のいく生活が送れるのです。そのためにはケア(介護)が大切となります。
 認知症ケアでは、いつも誰かが近くにいて見守ることが重要です。本人の症状を注意深く観察し、どのような行為が苦手になっているのか、どのようなことであれば一人でできるのかを把握します。そして、危険が予想される活動には積極的に介助し、危険のない活動については、保たれている能力をできる限り維持するため、うまくできなくても自分だけの力で続けてもらいます。
 徘徊(はいかい)や妄想などの精神症状はケアをする上で極めて厄介な症状ですが、精神症状には原因や誘因、そして本人なりの理由があります。仮に本人が間違っていても頭から否定するのではなく、一旦は本人の言葉や行動を受け止め、自尊心が傷つかないように配慮し、根気よく対応することが肝心です。また、認知症では症状が急激に悪化することはありません。もしも急に悪化した場合は、発熱などの身体の症状や、薬の副作用、環境の変化などを疑ってみましょう。
 認知症ケアは何年にもわたる長期間の作業であり、介護者は一人で抱え込まないことが重要です。介護者の負担の増大は、介護者自身の不安やうつ、患者さんに対する虐待などの危険性が増し、ひいては患者さんの精神症状の悪化にもつながります。福祉サービスを積極的に活用し、ほかの家族との協力体制を確立する必要があります。


「まとめ」

 近年、認知症患者さんを地域で支える活動が広がりつつあります。また、家族会などの支援グループも増えてきています。認知症患者さんが、慣れ親しんだ環境で安全に、質の高い生活を送ることができるように、認知症に対する皆さんの理解が深まることを期待しています。


今回執筆いただいたのは…
熊本大学医学部附属病院
神経精神科
橋本 衛(まもる)助教
日本神経心理学会評議員
精神保健指定医
精神科専門医
日本老年精神医学会専門医