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「あれんじ」 2010年8月21日号

【熊遊学(ゆうゆうがく)ツーリズム】
日露間には豊かな文化交流が!? 「比較文学」って面白い

 先端の研究者をナビゲーターに熊本の知の世界を観光してみませんか! 熊本大学を中心に地元大学の教授や准教授が、専門の学問分野の内容を
分かりやすく紹介する紙上の「科学館」「文学館」。
それが「熊遊学ツーリズム」です。第4回のテーマは「比較文学」。さあ、「なるほど!」の旅をご一緒に…。

【はじめの1歩】

 文学研究にはさまざまな手法がありますが、その一つが「比較文学」です。溝渕准教授の専門は日露比較文学。ロシア文学と日本文学を比較すると、いったい何が見えてくるのでしょうか? 興味津々ですね。


Point1 「比較文学」ってなに? 

 「比較文学」という文学研究の手法は、19世紀にフランスで始まったとされています。一つの国の文学について研究するのではなく、いくつかの国や地域をまたいだ研究法です。「ざっくり説明すると『フランス学派』と『アメリカ学派』と呼ばれる2つの大きな流れがあります」と、熊本大学文学部コミュニケーション情報学科の溝渕園子准教授は説明します。
 「フランス学派」の手法は“影響と受容”についての研究です。例えばフランス文学のゾラの作品が、日本文学の永井荷風にどんな影響を与えたか、逆に荷風の作品はゾラから何を受容したのかといったように、お互いの国の文学が形成される過程での作品間、作家間の関係について研究します。また、シュールレアリスム(超現実主義)など、時期を前後して複数の地域で起こった文学潮流の相互交流についても研究します。
 一方、「アメリカ学派」は、戦後のアメリカで主流になったのですが、一見関係がなさそうな文学作品同士を“対比”させて論じます。例えば、“老い”をテーマにするなら、ヘミングウェイの「老人と海」と川端康成の「山の音」を比べて、背景や描かれ方の違いを論じます。この手法は、それぞれの国の考え方を知る手がかりになり、文学を超えて文化論的に広がっていきます。近年は、これに理論をプラスした研究法が主流の一つとなっており、パレスチナ系米国人のエドワード・サイードやインド出身のガヤトリ・スピヴァクなどの比較文学研究者が、それまでの常識をくつがえすような視点に立った理論で注目を集めました。


【メモ1】 シンデレラ・ストーリーは 世界中に900以上ある!

 世界の民話の代表格として挙げられるのがシンデレラ・ストーリーです。「継母にいじめられていた娘が試練を経て王子さまと出会い、結婚して幸せになる」というストーリー。広い意味では『白雪姫』もその一つに数えられます。シンデレラ・ストーリーは、世界中に900以上もあるといわれます。
 日本には『鉢かつぎ姫』、ロシアには『美しのワシリーサ』というシンデレラ・ストーリーがあります。『美しのワシリーサ』は、継母にいじめられていたワシリーサ姫が魔法でカエルに変えられてしまいますが、最後には王子さまと出会って魔法が解け、結婚してめでたしめでたしで終わります。


Point2 境界地帯や越境系作家の文学

 文学には、必ずしもその国独自のもの、その文化固有のものが反映されるとは限りません。例えば、植民地の場合は支配国の影響を多大に受けて文化が入り混じっていますし、ドイツとフランスの国境地帯にあるアルザス地方のように交互にドイツやフランスの領土になったところでは、地方文学といえども双方の文化の影響を受けています。こういう混合や境界地帯の文学を研究するのも比較文学の醍醐味(だいごみ)です。
 一人の作家の場合も、その作家が亡命者や帰国子女だったら複数の国の影響を受けていると考えられます。日本語でも外国語でも書くという作家さえいるのです。比較文学では、こういう越境系の作家も研究します。
 地球規模で文化が複合化してきた現代では、文学研究の一つひとつが比較文学研究を含まざるを得なくなりつつあるといえるかもしれません。


【メモ2】 社会を反映する文学

 医師の免許を持つ文学者は少なくありません。日本では斎藤茂吉や加賀乙彦、ロシアではチェーホフなどが有名です。その分、医学的な考え方や言葉が文学作品の中にたくさん入り込んでいます。
 ロシアに精神医学が入ってきたのは19世紀末から20世紀初頭でした。それまでは、美的、芸術的、政治的価値観で書かれていた作品に精神分析などの新しい視点が加わり、さらに文学批評にも“科学的な分析”が持ち込まれたといわれます。


Point3 日本とロシアの比較文学

 溝渕准教授の専門は、日本とロシアの比較文学、比較文化の研究です。特に、明治時代以降の日本文学に、ロシア文学がどのような影響を与えてきたか? あるいは、ロシアで日本文学がどのように読まれているのか、評価されているのか? ロシア文学に出てくる日本や日本人のイメージと、日本文学に出てくるロシア、ロシア人のイメージの比較などが、研究の主なテーマだそうです。
 民話に焦点を絞ると、明治政府のロシア人お雇い技師や教師が日本民話の本を母国に持ち帰りましたが、それとは別に、フランスやドイツ、イギリスを経由してロシアに入ったものもあります。ということは、別の言語(媒介語)を経由して渡っていったということです。これは、19世紀末にジャポニスムの波がモスクワやペテルブルクに及んだ時のことでした。ロシアのジャポニスムはやや期間が長く、『桃太郎』『鶴の恩返し』などの民話をはじめ北斎の浮世絵などの美術工芸も数多く入っています。
 現在のロシアでは、日本は“ハイテクと伝統文化の国”として、精神性が高いというイメージでとらえられています。中でも俳句は高く評価されており、松尾芭蕉の句は数多く翻訳されています。俳句をまねて三行詩をつくっているロシア人たちもいます。2000年ごろに始まった日本ブーム以降、日本はカッコイイ国で、ロシアの人たちにとってスシ・バーに行くことは日本車を持つことと並んで一種のステータス・シンボルになっているそうです。


【メモ3】 ロシアで人気のある日本人作家は?

 ロシアでは2000年ごろから日本ブームが起き、その後のロシア人の意識調査で「親近感を感じる国」の1位が日本だったという報告もあります。この時の日本ブームの大きな起爆剤となったのが作家の村上春樹で、ロシアでは若者を中心に圧倒的な人気があります。芥川龍之介も人気があり、何回も作品集が出版されています。ノーベル賞作家の川端康成や大江健三郎もよく知られています。
 旧ソ連時代には、安部公房がロシア人作家と並ぶほどの人気を集めていました。政治的な理由で以前は出版が禁止されていた三島由紀夫は、ペレストロイカ以降は解禁されて翻訳が盛んになり、今は村上春樹に次ぐ人気です。


Point4 映画にも影響を与えた歌舞伎

 日本文化はロシア文化に少なからぬ影響を与えています。例えば、映画『戦艦ポチョムキン』で知られる映画監督のエイゼンシュテインは、日本の歌舞伎を見てモンタージュ理論への確信を新たにしたといわれ、映画の登場人物に見えを切らせたりしています。また、20世紀初頭に活躍した前衛的な演出で知られる舞台演出家・脚本家のメイエルホリドも、歌舞伎にヒントを得て方法論を確立させました。
 ロシア革命直後の1920年代には、日本とソビエト連邦の間で美術や文学の交流が盛んに行われていました。日本の団体がロシア人芸術家や作家を招待することも多く、その時の印象を書いているロシア人作家もいます。当時は、第一次世界大戦後の大戦景気で、日本人も民間レベルで海外旅行が可能になった時代でした。作家の宮本百合子もシベリア鉄道でソ連を旅行し、『モスクワ印象記』を書いています。彼女は、ロシア人作家のピリニャークが書いた『日本印象記』を読んでからソ連へ出かけました。両者の旅行記を比べてみると、ピリニャークは日本人の肌の色や文化、言語の違いを挙げて、“他者である”ととらえています。これに対して宮本百合子は、東洋人としての自己を意識しながらも、単なる日本対ロシアという考え方だけではなく、ロシア人も含めた“われわれ”という言葉で歴史を語り、時間軸で物事をとらえています。また彼女は、ロシアへ行ってからロシア語も勉強し、現地の人々とのコミュニケーションを図り、『日本印象記』のモノローグに対して、会話体で『モスクワ印象記』を書いているのも特徴の一つです。
 このように異なる国の作家が、お互いの国の“代表”として異なる文化に出合ったとき、どういう態度を取るかについて考察するのも、比較文学や比較文化研究の面白さです。


【なるほど!】

 以前「ロシアにはスシ・バーや日本食レストランがたくさんある」と聞いた時、意外な気がしましたが、溝渕先生のお話をうかがううちにナットク。明治時代以降、日本とロシア間には多くの文化交流があったんですね。文学を読めば、その国やその時代の人々の価値観がよく分かります。若者よ、文字離れなんてモッタイナイぞ!


熊本大学文学部
コミュニケーション情報学科
溝渕園子准教授

小学生時代にボリショイ・バレエを見に行き、
マルシャークの『森は生きている』を読んでロシアに憧れたのが、
今につながっています。