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「あれんじ」 2010年6月5日号

【専門医が書く 元気!の処方箋】
外科手術と同等の治療効果を より小さな負担で得る 「低侵襲(ていしんしゅう)治療(IVR)

けがや病気、その治療や検査、手術などに伴う痛みや発熱、出血など、
通常の身体の状況を乱す外部からの刺激を指す「侵襲」。
一般的には馴染みが薄い言葉ですが、
医療の現場ではよく使われます。
今回は、その侵襲が小さい「低侵襲治療」についてお伝えします

はじめに

 現在、日本人の死因の第1位は悪性新生物(がん)。国民の約3分の1がこれで亡くなります。以下第2位が心臓疾患、第3位が脳血管障害(脳卒中)です。第2位および第3位の病気は、動脈硬化が心臓や脳の血管(動脈)に起こることで発症します。高脂血症(血液中のコレステロールや中性脂肪が多い状態)、高血圧や糖尿病は、全身の動脈硬化症を進行させます。これを予防するためにメタボリック症候群に対する健診(メタボ健診)が行われています。メタボ健診により生活習慣を改善することで、これらの多くは予防できる可能性がありますが、いったん、がんや心臓疾患などの病気にかかった場合には適切な治療が必要になります。すでに外科手術が根本的な治療法として確立し、現在も行われています。しかし、高齢化の進んだ日本では、外科手術自体が高齢の患者さんには大きな負担(侵襲)となります。従って、外科手術は高侵襲治療ということになります。
 では、低侵襲治療とはなんのことでしょう? その、語源はIVR(アイ・ヴイ・アール)です。IVRとは、インターベンショナルラヂオロジー(interventional radiology)の略で、直訳は介入性放射線医学ですが、分かりにくいので低侵襲治療と意訳されています。具体的には、従来行っていた外科手術と同等の治療効果をより小さな負担(侵襲)で得ようという治療法のことです。外科手術の代わりに放射線診断で使われている技術が応用されています。以下に、低侵襲治療に使われている放射線診断技術と、この治療法が使われている代表的な病気を紹介します。


低侵襲治療に用いる 放射線診断技術

 放射線診断技術は大きく2つに分けることができます。一つは、従来行われているX線検査(レントゲン写真)や、CT、MRIといった断層像(人体の断面像)を読影し、病気の診断などを行うことです。これを、画像診断といいます。もう一つは、血管などを穿刺(針で刺すこと)し、血管内に細い管(カテーテル)を通し、造影剤を使って血管自体の像を観察し診断する技術です。この検査は、血管造影といいます。
 低侵襲治療は、この穿刺(せんし)する技術が基本になっています。穿刺は、血管だけではなく、がん組織自体にも行われます。血管に対しては、それを拡張させたり、逆に塞栓(そくせん)(特殊な物質を使い血管を詰め閉塞(へいそく)させる)させたりします。また、がんに対しては、その組織(がんの一部)を病理診断の材料として採取したり、あるいは、がん自体を焼灼(しょうしゃく)(焼くこと)したりします。焼灼は、電子レンジで暖めるのと同じ方法で行います。
 このような技術で病気を治療することを、低侵襲治療と呼びます。放射線診断技術には画像診断と低侵襲治療の2分野がありますので、熊本大学医学部附属病院外来では、以前は「放射線科」と標榜(ひょうぼう)していましたが、現在は、「画像診断・治療科」に変更しています。


低侵襲治療の具体例


【肝臓がん】
図1
肝臓がん(写真提供・熊本大学医学部附属病院画像診断・治療科 池田 理先生)

 肝臓がんの治療には、肝動脈の塞栓と肝臓がん自体の焼灼を組み合わせて行います。図1の上段左(治療前)は肝臓のCT像で、白い部分(矢印)が肝臓がんです。上段右(血管造影)は、カテーテルを肝臓がんのすぐ近くまで進めて血管造影したものです。黒く染まっている(矢印)のが肝臓がん細胞を養っている動脈です。この動脈に血液が流れないようにこの部分で塞栓します。これにより、肝臓がん細胞の多くは壊死(えし)に陥ります。次に、下段左(焼灼前)が、焼灼するための針(矢印)を肝臓がんに刺したところです。
下段右(肝動脈塞栓および焼灼後)が、肝動脈を塞栓し焼灼した後の肝臓がんのCT像です。黒い部分(塞栓によって血液が流れなくなった所)に肝臓がんが含まれており、がん自体は焼灼されていますので、治療効果としては黒い部分を外科手術で切除したことと同じと考える
ことができます。


【肺がん】
図2
肺がん(写真提供・同 河中 功一先生)

 肺がんの治療は外科手術が基本です。しかし、合併症などから手術が難しい場合に、低侵襲治療が行われます。がんの部分を外から穿刺し、焼灼することで治療します。図2は肺がんの患者さんのCT像です。左(治療前)の矢印部分が肺がんです。治療直後(中央)には、穿刺のため肺と胸壁の間に隙間(黒い部分)が見られます。焼灼部分はその奥の肺がんを含んだ白い部分です(矢印)。治療後13カ月(右)では、瘢痕(はんこん)(やけどによる傷あと)だけで、肺がんは治っています。


【大動脈瘤(りゅう)】
図3
大動脈瘤(写真提供・同 池田 理先生)

 大動脈瘤とは、大動脈の壁が弱くなった所が瘤(こぶ)状に膨らむ病気です。これが破れると致命傷になります。この治療には、編み目状の管(ステント)を大動脈に入れ、瘤が破れないように内側に新たな壁を作ります。図3は、CT像より作成した大動脈全長の3次元画像を横から見たものです。治療前(左)では、胸部大動脈の矢印部に瘤があります。ステント治療後(右)では、瘤の前後に網目状のステント(矢印)が確認できますが、瘤がなくなっています。これは、瘤の部分に血液が流れなくなり、瘤内部が血栓化(血液が固まった状態)していることを示します。血栓部はその後線維化します。


【閉塞(へいそく)性動脈硬化症】
図4
閉塞性動脈硬化症(写真提供・同 池田 理先生)

 これは、足に行く動脈が動脈硬化のため狭窄(きょうさく)あるいは閉塞し血液が十分流れないために、時々休まないと歩けなくなる病気です。足に行く動脈の閉塞しているところを拡張し、血液を流れるようにすることで治療ができます。図4は、足に行く動脈の血管造影像です。上(治療前)では、矢印部分(右の総腸骨動脈)に血管の閉塞を認めます。この部位を、バルーン(風船のようなもの)で拡張し治療した後が下です。閉塞部が広がり、正常の血流量に戻っています。この治療にはステントが使われることもあります。なお、この治療は心臓疾患や脳血管障害の原因となる動脈に対しても行われています。


おわりに

低侵襲治療は新しい治療法で、使用する器具もどんどん進歩しています。ここに紹介した治療法はそのごく一部です。今後もっと多くの病気に対し行われる可能性があり、ますます発展する治療法として期待されています。


今回執筆いただいた先生
熊本大学大学院生命科学研究部
医療技術科学講座 医用画像分野
冨口 静二 教授
日本放射線学会専門医
日本核医学会認定医
日本放射線学会会員(代議員)
心臓血管放射線研究会会員(幹事)