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「あれんじ」 2012年6月2日号

【専門医が書く 元気!の処方箋】
甲状腺の病気

「甲状腺の病気」と聞いてすぐに具体的な病気が思い浮かぶ人は少ないかもしれません。甲状腺の病気は、患者さんの数の割にあまり知られていません。そこで今回は、甲状腺の代表的な病気についてお伝えします。

はじめに

 ホルモンを産生する内分泌臓器として、脳下垂体、甲状腺、副甲状腺、膵臓(すいぞう)、副腎、精巣、卵巣などがありますが、それぞれの内分泌臓器に特有の病気が数多く存在します。甲状腺はその中でも患者さんの数が多い内分泌臓器の一つです。
 膵臓から分泌されるホルモンのインスリンに関する病気である糖尿病についてはご存知の方が多いと思いますが、甲状腺の病気については患者さんの数が多いにもかかわらず、あまり知られていません。ただし最近は、福島県の原子力発電所の事故に関する報道で、甲状腺がんについて耳にする機会が増えたと思います。


甲状腺の病気
【図1】甲状腺の場所

 甲状腺は首の喉仏(のどぼとけ)の下にあり、気管の前面にくっついている臓器で、代謝を調整する甲状腺ホルモンを作っています(図1)。甲状腺ホルモンは、原料の一部としてヨウ素が用いられており、また、甲状腺の中に大量に蓄えられています。
 甲状腺の病気は、大きく3つに分けることができます。甲状腺ホルモンが甲状腺から必要以上に多く放出されるために起こる病気(甲状腺中毒症)、甲状腺ホルモンの産生が足りなくなる病気(甲状腺機能低下症)、そして甲状腺腫瘍(しゅよう)です。


甲状腺中毒症
【表1】甲状腺の病気による症状

 血液中の甲状腺ホルモンが上昇していることによって表1(右)のような症状が出ている状態を「甲状腺中毒症」と呼びます。甲状腺中毒症の主な症状は、過剰な甲状腺ホルモンの作用によって起こる代謝の亢進(この場合は、生体による物質の利用が異常に高まりすぎている状態を指します)を反映しています。甲状腺ホルモンには食欲増進作用もあるため、甲状腺中毒症になっている場合は食欲が増加します。しかし、代謝が亢進しているため体重があまり増えないのが特徴です。
 甲状腺中毒症を引き起こす疾患は、甲状腺ホルモンが甲状腺で必要以上に多く作られることによって起こる病気(甲状腺機能亢進症)とその甲状腺機能亢進症以外の病気に大きく分けることができます(表2)。甲状腺中毒症は血液中の甲状腺ホルモンの濃度を測定することで簡単に診断することができますが、甲状腺機能亢進症とそれ以外の病気を鑑別するためには、血液中の甲状腺に対する抗体(抗甲状腺自己抗体)の有無を調べたり、甲状腺エコー、甲状腺シンチグラフィーといった特殊な検査が必要になります。
 甲状腺機能亢進症の代表的な病気が「バセドウ病」と呼ばれる疾患です。バセドウ病は、甲状腺ホルモンの合成を促進する自己抗体(抗TSH受容体抗体)が体内に作られるために発症します。
 バセドウ病は前述のような症状に加えて、甲状腺が全体的に大きくなります。また、眼が前方に出てくる「甲状腺眼症」を示す場合もあります。バセドウ病に対する治療には、薬物療法、放射線療法(アイソトープ治療)そして手術療法がありますが、日本では薬物療法を選ぶ患者さんが多いようです。しかし、バセドウ病の薬物療法では副作用をしばしば認めるため、近年はアイソトープ治療を行う患者さんが増えてきています。いずれの治療法もメリット、デメリットがありますので、バセドウ病と診断された患者さんは主治医の先生とよく相談して、治療法を決定する必要があります。
 甲状腺機能亢進症以外に甲状腺中毒症を引き起こす代表的な疾患が「無痛性甲状腺炎」と「亜急性甲状腺炎」です。いずれも甲状腺内に蓄えられている甲状腺ホルモンが、何らかの原因により甲状腺内から血液中に放出されることにより甲状腺中毒症が発症します。
 無痛性甲状腺炎は、基礎に後述する慢性甲状腺炎(橋本病)を持っている患者さんが分娩などを契機に発症することが多く、症状がバセドウ病とほとんど同じであるため、しばしば診断が難しい場合があります。
 亜急性甲状腺炎は、ウィルス感染症が契機となって発症するといわれていますが、詳細な原因は分かっていません。多くは発熱と甲状腺の強い痛みを伴っていますので、亜急性甲状腺炎とバセドウ病の鑑別は比較的容易です。
 いずれの病気も自然に治癒することが多いのですが、症状が強い場合や持続する場合は薬物治療を行うことがあります。
 表1のような症状がすべてそろわなくても、一部の症状があれば甲状腺中毒症の可能性があります。近くの病院を受診し、甲状腺の検査を受けると良いでしょう。なお、甲状腺中毒症は妊娠適齢期の女性に発症することも多く、その場合は胎児への影響も考慮して管理や治療を進める必要があります。妊娠中に表1の症状に気づいた場合にはぜひとも甲状腺や内分泌の専門病院を受診し、産科の主治医と連携を取りながら治療を受けることをお勧めします。


【表2】甲状腺中毒症の原因となる疾患


甲状腺機能低下症

 軽い甲状腺機能低下症であれば無症状ですが、甲状腺機能低下症が顕著になると代謝の低下に伴う表1(左)のようなさまざまな症状が出てきます。
 甲状腺機能低下症も血液中の甲状腺ホルモンを測定することで比較的簡単に診断することができます。甲状腺機能低下症になると血液中のコレステロールが上昇しますので、健康診断などでコレステロールが高いと指摘された方の中に甲状腺機能低下症が隠れていることもあります。
 甲状腺機能低下症の多くは、自己免疫性疾患の一つである「慢性甲状腺炎(橋本病)」と呼ばれる病気によって引き起こされたものです。この疾患もバセドウ病と同様に甲状腺が全体的に大きくなります。
 慢性甲状腺炎の診断には抗甲状腺自己抗体の測定と甲状腺エコーなどが必要です。治療は不足する甲状腺ホルモンの補充になりますが、甲状腺ホルモン製剤は副作用の少ない薬剤ですので、薬の量を自己判断で変えない限り、安心して使用できる薬剤です。
 また、ヨウ素は甲状腺ホルモンの合成に必須の物質ですが、ヨウ素を摂取しすぎると逆に甲状腺内での甲状腺ホルモンの合成が抑制されてしまいます。海藻類(特に昆布とひじき)には大量のヨウ素が含まれていますので、甲状腺機能低下症の患者さんは海藻類の過剰摂取に注意する必要があります。


甲状腺腫瘍

 甲状腺の中に大きな腫瘍ができれば患者さん自身も皮膚の上から触れることができますが、小さい腫瘍の場合は触っても分からないことが多く、甲状腺エコーなどの画像検査でたまたま見つかることがあります。
 ほとんどの場合、自覚症状はありませんが、腫瘍の種類によっては声がかすれたり、食べ物が飲み込みにくいといった症状が出ることもあります。甲状腺腫瘍には、他の臓器と同じように良性のものと悪性のものが存在しますが、甲状腺エコーだけでは良性と悪性の区別がつかないことがありますので、確定診断のためには針を直接甲状腺に刺して甲状腺の細胞を取って調べる検査(甲状腺穿刺(せんし)吸引細胞診)を行います。
 甲状腺の悪性腫瘍として、乳頭がん、濾胞(ろほう)がん、髄様(ずいよう)がん、未分化がん、悪性リンパ腫などがあります。日本人では、乳頭がんが最も多い甲状腺の悪性腫瘍です。
 治療法は、悪性リンパ腫、未分化がんを除き基本的に手術療法になります。甲状腺をどの程度切除するかは腫瘍の種類や大きさ、転移の有無などを参考に決めていきます。また、髄様がんは同一家系内で発症する頻度が高い甲状腺がんのため、遺伝子検査を受けることが勧められています。
 福島県の原子力発電所事故によって大量の放射性ヨウ素が大気中に放出されたため、甲状腺がんに関する報道が数多くなされています。大気中の放射性ヨウ素がさまざまな経路をたどって体内に吸収された後、甲状腺内に特異的に取り込まれることにより甲状腺内部に被爆が起こり(内部被爆)、甲状腺がんが発症しやすくなると考えられています。
 1986年に起きたチェルノブイリ原子力発電所事故では、内部被爆の多くが放射性ヨウ素に汚染された牧草を食べた乳牛のミルクや母乳を介して、乳幼児に放射性ヨウ素が移行したと言われています。チェルノブイリの事故では若年者の甲状腺がんが増加しており、放射線被爆の時期が5歳以下の小児の場合に甲状腺がんのリスクが特に高いことが分かっています。一方、今回の福島の事故による放射性ヨウ素の内部被爆量についてはまだはっきりと分かっていないため、今のところチェルノブイリのケースと比較することはできません。


最後に

 甲状腺の病気には症状がほとんどない場合も多いため、すぐには気付かれないこともあります。表1のような症状や首に何か触れるような感じがあれば、甲状腺の病気が隠れている可能性もありますので、一度近くの病院を受診し、検査を受けるようにしましょう。


今回執筆いただいたのは
熊本大学大学院
生命科学研究部 代謝内科学

河島 淳司 助教

・医学博士
・日本内科学会認定内科医
・日本内分泌学会専門医
・日本糖尿病学会専門医