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「あれんじ」 2012年1月7日号

【専門医が書く 元気!の処方箋】
高齢者の視力を脅かす加齢黄斑変性症 

 加齢に伴い、目にもさまざまな病気が生じます。加齢黄斑変性症は目の中の黄斑というところに障害が起こり、見ようとするころが見えにくくなる病気です。今回は、高齢者の視力を脅かす加齢黄斑変性症とはどのような病気かお伝えします。

はじめに

 現在、わが国の視覚障害の原因では第4位の加齢黄斑変性症。推定患者数は69万人、60歳以上の方での発症率は約1%に及びます。米国では高齢者の視覚障害の原因の第1位が加齢黄斑変性症で、わが国でも患者数、発症率ともに増加傾向にあります。これまで加齢黄斑変性症には有効な予防法や治療法がありませんでしたが、近年、さまざまな研究によって、いくつかの予防法や治療の可能性が見出されてきました。


〜黄斑とは  ―ものが見える仕組み―
【図1】内部をのぞき見る形に描いた
ヒト正常眼球の模式図

 目は外界の光の情報を取り入れる器官です。目の構造はよくカメラに例えられます。図1をご覧ください。目の中に入った光は、カメラのレンズに相当する角膜や水晶体、絞りの役割をする瞳孔を経て、フィルムにあたる網膜に至ります。そこで光の信号は電気信号に変えられて脳に伝えられ、わたしたちは物の形や色や明るさを感じることができます。網膜は厚さ約0・5oの非常に薄い膜で、物を見る神経細胞から成る透明な部分(神経網膜)と神経細胞の代謝に関わる色がある部分(網膜色素上皮)から成ります。その下には網膜に酸素や栄養を与える脈絡膜という膜があります。黄斑とは、網膜の中心部分の直径1・5〜2oの領域のことで、網膜の中でも細かい物を見分け、また色を感じる神経細胞が集中している場所です。黄斑を断面で見ると浅く凹んだ形をしています。黄斑の真ん中を中心窩といいます(図2)。中心窩は最も良い視力が得られるところで、通常見ようとする物の像は中心窩の網膜でとらえられます。黄斑以外の網膜で物を見ても、細かく物を見分ける神経細胞がないために良い視力を得ることができません。
 加齢黄斑変性症は黄斑部の網膜や脈絡膜に異常を来す病気で、そのために見ようとするところが歪んで見えたり、かすんだり、暗く見えたりといった症状が起こります。


【図2】黄斑部眼球組織の断面図
※脈絡膜部分の楕円形の多数の孔は血管腔


【加齢黄斑変性症とは】


◎症状

 加齢黄斑変性症の症状には、視力低下のほかに、ゆがみがでる(変視)、見ようとする部分が暗くみえる(中心暗点)、色が分からないといったことがあります。片目だけの場合には良い方の目で見えるために気づきにくい場合もあります。進行のスピードや重症度は症例ごとに異なりますが、通常、視力は徐々に低下していきます。


◎病気のしくみ
【図3】眼底写真
写真左:中央点線丸で囲まれた領域が黄斑、その真ん中が中心窩。左点線丸は視神経の出口である視神経乳頭、ここより網膜を栄養する血管が出入りする

 なぜ加齢とともに黄斑部に異常を来すのか、詳しい原因はまだ分かっていませんが、老化とともに黄斑部の網膜色素上皮に蓄積する老廃物が誘因といわれています。
 加齢黄斑変性症には萎縮(いしゅく)型と滲出(しんしゅつ)型の2つのタイプがあります。萎縮型は黄斑部の網膜色素上皮が老廃物の蓄積により徐々に萎縮していき、網膜が障害され視力が徐々に低下していくタイプです。滲出型は脈絡膜から異常な血管が網膜色素上皮の下あるいは網膜と網膜色素上皮の間に侵入して(脈絡膜新生血管)網膜が障害されるタイプです。異常な血管から血液成分の漏れや出血が生じることで網膜の腫れ、網膜の下に漏れた血液成分の溜まり、網膜内や網膜下の出血などが起こり、網膜の機能が障害されて視力が低下します(図3)。脈絡膜新生血管の性状(活動性や場所)により異なりますが、萎縮型と滲出型を比較すると、滲出型の方が発症後の進行は早く、視力低下の程度が重篤なケースも多いです。


◎検査法

 見え方の障害の程度の評価と病気の診断のための眼底検査、造影検査などを行ないます。
(1)視力検査
(2)アムスラーチャート:ゆがみ、欠ける、中心が暗いといった加齢黄斑変性症で生じる症状を検出する検査法です。碁盤の目のような図を見てもらい、格子のゆがみやぼやけを調べます(図4)。正常な人であれば格子状に見えますが、格子の線が歪んで見えたり、欠けて見えたり、中心部分が暗く見えたりします。加齢黄斑変性症のみならず黄斑部の網膜に異常があると同様の症状がでます。簡便な検査法で、自宅でもできる検査です。片目を隠して1眼ずつ行ないます。
(3)眼底検査:網膜の状態を直接観察する検査法です。カメラで写真を撮る場合もあります(図3参照)。目に光を当てると瞳が縮むため(縮瞳)、眼底の詳細が分かりにくい場合には瞳を開く(散瞳)ための検査用の点眼薬をさしてから検査を行ないます。散瞳剤の効果は3〜4時間続くのでその間はまぶしく、近くが見えません。点眼薬の効果が切れるまで車の運転は避ける必要があります。
 また加齢黄斑変性症には前駆病変と呼ばれる症状のない前段階の眼底の変化が知られています。前駆病変を有する人のすべてが加齢黄斑変性を発症するわけではありませんが、前駆病変が見つかった場合には定期的な眼科検診が推奨されています。
(4)蛍光眼底造影検査:眼底の異常な血管を詳しく調べる検査です。造影剤を静脈から注入し、連続して眼底写真を記録し、網膜や脈絡膜の血管や血管周囲の状態を観察します。
(5)光干渉断層計:黄斑部網膜の断面図を診る検査法です。網膜の腫れや網膜の下に貯まった滲出液の程度、新生血管の状態などを観察することができます。短時間で検査ができ、造影剤を使わず、病態の詳細が分かるので経過観察にも有効な検査です(図5)。


治療の現場からひとこと 熊本大学視機能病態学講師 川路隆博

 加齢黄斑変性症は、患者数の増加と薬物治療の導入により、眼科診療の中で大きなウエートを占める疾患になりました。これまでの海外の報告では上記の抗VEGF薬の注射を1カ月毎に継続して打ち続けることが視力の維持に効果があることが証明されています。しかしながら、抗VEGF薬は高価であり、治療の継続には経済的な負担が伴います。そこで現在推奨されているのが、毎月の受診と、悪化がみられた時に抗VEGF薬注射を行う方法です。ご高齢の患者さんにとって毎月遠くの施設への通院は肉体的精神的な負担も大きいため、通院の負担を軽減する目的で当院では現在、通院しやすい地元の病院と連携体制を整備し、できるだけ患者さんの負担を減らし、多くの患者さんが有効な治療を受けられるような方法で診療を行なっています。
 有効な治療には早期発見が大事です。時々自己検診を行ない、見え方に異常を感じたら、まずは一度眼科を受診しましょう。


今回執筆いただいたのは
熊本大学大学院
生命科学研究部視機能病態学
福島 美紀子准教授

日本眼科学会専門医
日本眼科学会指導医
眼科PDT認定医